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アトムを作り上げた「漫画英雄」の自叙伝『漫画家の道』

 足の裏から火を噴き出して飛び、へその蓋を開けて、家のコンセントにプラグをつなぎ、エネルギーを供給される。お尻からは機関銃が飛び出し、銃弾を発射する怪力の少年ロボット『少年アトム』を覚えている人は、この漫画を描いた手塚治虫という日本人に、極めて複雑な感情を持っているはずだ。

 今は『ポケットモンスター』が日本のアニメだということを承知の上で観ているが、3、40代の人たちは『少年アトム』が1979年までの28年間、日本で連載された『鉄腕アトム』の翻案であったことを知らなかった。『少年アトム』が実は日本の漫画だったという事実に、幼いながら裏切りに近い衝撃を覚えたものだ。

 なぜなら、私はホ・ヨンマンの『カクシタル(嫁の仮面)』で代表される対日抗戦の時代劇を観て育った漫画少年だったためだ。

 しかし、アトムだけではない。初めて私の神話的想像力を刺激した『火の鳥』や『ジャングル大帝』まで、すべてが日本の漫画だったという事実は、それらが全部韓国の漫画だとばかり思って、耽読していた私を深い劣敗感へと落とし入れた。

 これらの漫画が手塚治虫という人の手によって創造されたということを知った時、私は驚愕した。日本の誰かが、韓国に住む一人の少年の幼年時代を支配していたのだ。私は私を支配している人が、一体どういう人物なのか、知らなければならなかった。

アトムと青騎士の対決で、戦っているうちに仲良くなり、アトムを破壊せよという主人の命令を拒否して自滅していく悲劇的なロボット「青騎士」を作り上げた、アトムとすべての日本のロボットの父、手塚治虫。

 『漫画家への道』は、その手塚治虫の自叙伝だ。しかし、この本の内容は、まるで一人の漫画家の告白のようだ。それほどまでに極めて率直な告白が綴られている。

 手塚治虫は最大のライバルだった福井英一の突然の死に、悲しみよりも安堵する自分を発見しては身震いをする。彼らの人気争いは悪夢のように2人を廃墟へと追い込むが、その代わりに日本の漫画はストーリー漫画へと、ワンランク高く成長した。芸術はカネと血を食べて大きくなるものか。

 手塚治虫は人生のすべてを漫画に捧げた。その補償として、彼は大衆的な人気を得た。その分、収入も良かった。カネだけに拘る漫画家だという批判も受けた。そういった批判に超然として耐えることのできなかった彼は、人間的煩悩で精神科の治療まで受けた。

 虫プロダクションのスタッフは、彼を労働力を搾取する悪徳企業だと罵った。しかし、彼にとって漫画は、カネを稼ぐ手段でも、名誉を得るための手段でもなかった。彼は、「永遠に終わることのないこの世の宿命」を、銃やナイフではなく、笑いと熱情でもって表現するために漫画を選んだ、一生、漫画家であることを夢見た医師であり、プロデューサーであり、映画監督であったのだ。

ハム・ソンホ/詩人/建築家

朝鮮日報/朝鮮日報日本語版

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