「日産」ロゴ付けたサムスン車、2月から輸出開始
「やっと発売か」、「デザインもなかなかじゃない」
今月16日午後2時、釜山ルノーサムスン自動車組立工場の最終テストラインには拍手喝采が湧き起こった。テストラインをいっぱいに埋め尽くした50人あまりの関係者の間から、ブルーのSM3が顔をのぞかせたのだ。
輸出向け自動車のナンバープレートには日本「日産」のロゴが刻まれていた。
組立4課のノ・ジョムス工場長は「会社が空中分解してしまうのではないかと心配したのがつい先日のことのようだ。今や輸出できるところまで成長でき、とても嬉しい」と話した。
95年、サムスンが自動車会社を設立し、主力事業場として建設した釜山工場は、98年初めのSM5を皮切りに生産を開始した。
しかし、同年12月、サムスン自動車と大宇(テウ)電子間のビッグディールが発表され、大宇自動車(現在のGM大宇)の社員が買収に向け、釜山工場に入ってきた。
ソン・ジョンオ現場指導社員は「大宇自動車への買収を見るに見かねた多くの仲間たちは会社を去った」と話した。大宇自動車も通貨危機の余波で崩壊すると、今度はフランスのルノーが買収した。
2000年9月、ルノーサムスン自動車が発足し、釜山工場も再び稼動し始めた。
生産車両がSM5の1モデルだけだったルノーサムスンは、スタートから2年経った2002年9月、準中型車のSM3を開発したほか、次いでSM7、ニューSM5、SM3ニュージェネレーションまで発表、モデルを補強していった。その結果、相次ぐ内需市場の低迷にもかかわらず、2002年から黒字を続けている。
ルノー日産グループも釜山工場で生産される車の品質を認め、日産ブランドを付けて輸出することにした。カルロス・ゴーン会長は昨年、韓国を訪れ、「2006年度に3万台のSM3を中東、ロシア、南米に向け輸出する」と発表した。
釜山工場のチョン・ヨンファン広報チーム長は「ここ6か月にわたり中東とロシアで各種テストを行った結果、欠陥が日産自動車の10分の1に過ぎない5つだけだった」としながら、「現地ディーラーの反応が良く、当初の計画をはるかに上回る月5000台の生産は可能か、といった依頼まで入ってきている」と話した。
ルノーサムスンは今年2月にも1000台を超すSM3を馬山港を通じ、初めて船積みする計画だ。
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