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【コラム】サムライ・イチローの爆弾発言

 武士が一本の鋭利な刀を抱えるかのようにバットを抱えたフォームが特徴的なイチロー(33)が米国の土を踏んだのは2001年のことだった。日本で7年連続首位打者の座を守り、日本中を圧巻した「顕微鏡野球」の具現者イチローは、野球の本場・米国でもいかんなく本領を発揮したが、そのスタイルは米国人に独特な印象を植え付けた。

 左打者イチローのトレードマークといえる、打席に立った際に右手でバットを軽く1回転させ、ユニホームの右肩を左手で引っ張るフォームは、まさに剣客が刀を抜く瞬間を思わせる。大リーグ1年目の2001年に新人王とMVPを獲得し、2004年には年間262安打を達成し大リーグ史上最高記録を塗り替えた彼は、多くの投手たちにとって脅威的な存在となった。

 米国人をさらに驚かせたのは、バットやグローブ、スパイクに対する彼の愛着だった。彼は試合が終わると、真ん中に自分の名が書かれているミズノ製の「イチローバット」を、決闘の後に愛剣を撫でる武士のように丹念に拭いた。また日本の職人が1年に3個しか作らないというワイドグローブ(柔らかい特殊な皮革で作ったもので、特別に大きいという)を丹念に掃除し油を塗った。さらに木の棒を取り出して足のマッサージをし、スパイクは埃一つないほどまできれいに拭いた。今度の「ワールド・ベースボール・クラシック」(WBC)に出場したイチローが、大事なスパイクに日の丸のマークまでつけて登場したのは、彼の覚悟がただならぬものであることを表わしている。

 韓日戦を目前にしたイチローが「“向こう30年は日本に手は出せないな”という感じで勝ちたいと思う」と日本の完勝を宣言したことで、自尊心の強い韓国ファンの反感を買ったが、今こうしてイチローの姿を見ていると、許してあげてもいいのではないかと思えてくる。アジア予選で韓国に2‐3で逆転負けしたイチローは今、米国で「夜間バッティング練習」を自ら願い出て、ひたすら汗を流しているのだから。

 彼は夜のバッティング練習について、自ら「異例なことだ」と語ったが、実際に今日のイチローを作り上げてきたのは、過酷なまでの夜間のバッティング練習であり、それほど特別なことではない。彼は小学校3年生から中学校卒業までの7年間、バッティングセンターが休みの日を除いて毎日通い続け、休むことなくバッティング練習に打ち込んだという。祖国の代表チームの敗戦に屈辱を覚えた日本野球の英雄が、かつての夜間練習というカードを再び取り出したのだ。

 ある韓国のネチズンは韓日戦に勝った後、「イチローの口を治してやった」と痛快に笑い、イチローは敗北が屈辱的と憤慨した。イチローがどんな屈辱を感じたのかは、韓国が関心を持つことではないが、彼は最初から「爆弾発言」の代わりに「夜間自律学習」に精を出した方が良かったのではないか。そうしていれば空しく恥をさらすことも避けられただろうに。

キム・ドンソク スポーツ部企画取材チーム長

【特集】2006 WORLD BASEBALL CLASSIC

朝鮮日報/朝鮮日報日本語版

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