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植民地下の多様性・躍動性にも目を向けるべき

【新刊】シン・ギウク、マイケル・ロビンソンほか著(都冕會訳)『韓国の植民地近代性』(サミン社) 

 これまで韓国の日帝時代に対する見方は「収奪論」一色だった。日帝は朝鮮を占領した後、政治的に抑圧して経済的に搾取し、正常な近代化を阻害したというものだ。

 植民地時期はもちろん、解放(独立)後も「体験」に基づいたこの見方に疑問を唱える人はあまりいなかった。

 しかし1980年代に入って、学界の一部から「植民地近代化論」が提起された。日帝時代に朝鮮は驚くべき経済成長を成し遂げ、法的・制度的にも近代化が進んだというものだ。統計的な論証に基づくこの主張は韓国人には感情的に受け入れがたいものの、「学問的に」反論することは容易ではない。

 両者は互いに譲らないまま対立し、今日に至っている。

 こうした中、1990年代後半に米国の韓国研究者を中心に両者の矛盾点を突き、これを乗り越えようとする第3の見解が現れた。

 米国・韓国・オーストラリアの韓国研究の専門家が書いた13編の論文を収めた本書はその成果の一つで、1999年に米ハーバード大学出版部で刊行されて以来、大きな関心を集めてきた。

 この本の基本的な立場は編集者による序文に明示されている。ここではまず、これまで歴史学を支配してきた民族主義的な視点が植民地支配下の多様性や躍動性を見逃してきたことを指摘している。

 それと同時に、民族主義と植民主義との対決という視点だけでなく、近代性を獲得するヘゲモニーをめぐる競争という視点で眺めることを双方の立場に要求している。そしてこの過程で浮かび上がる独特の近代性を「植民地近代性」と呼んでいる。

 こうした問題意識はそれぞれの論文を読めば、よりいっそう明らかになる。

 例えば日帝が1927年に同化の手段として始めたラジオ放送は商業的な理由で朝鮮語放送を強化せざるを得なくなり、その結果として植民地・朝鮮の近代大衆文化を創造する反作用を生んだ。

 また従来、日帝が農業生産力を高めて収奪の効率化を図る目的で推進したとされてきた1930年代の農村振興運動についても「植民地組合主義」という新しい観点を提起している。例えば農村に影響力を行使し農民を動員しようとする日帝の意図と別に、農民の相互扶助と集団農業を通じて農村改革を行おうとした天道教・キリスト教の農本主義者もこの運動に積極的に参加し、農村の生活環境向上に一定の成果をもたらしたという。

 一方、「民族」という枠組みの中で無視されてきた個々の現象に光をあてている。1927年に新幹会の姉妹組織として結成された槿友会は、民族全体の利益を前面に掲げたため、女性解放理論については表だった役割を果たすことができなかった。

 このような主張は、植民地下の朝鮮の姿が、これまでの単純な論理では説明できないはるかに複雑なものだったことを実感させてくれる。

 この意味で、多元主義的、帰納的、客観的な歴史記述を強調するハーバード大のカーター・J・エッカート教授の主張(「後記」)は説得力がある。

 だが訳者(大田大教授・韓国史)も指摘するように、同書は「民族主義」に対する批判が強い反面、「植民主義」の制約に対する認識は非常に弱いものとなっている。また日帝支配以前の韓国による「近代化」への努力についての理解が不足しているように見受けられる。

 結局、植民地以前と以後を含む韓国の近現代史全体の「近代化」過程における「植民地近代化」の正当な評価は、今後の課題となりそうだ。

イ・ソンミン記者

朝鮮日報/朝鮮日報日本語版

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