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米大学乱射:ホロコーストを生き延びた老教授が犠牲に

 「この二人がいてくれたから、大きな被害に至らずに済んだ」

 バージニア工科大学4年のペトケウィッツさんと同大学のリブレスク教授だ。数十人の死傷者が出てもおかしくない状況で、この二人は自らの身をていした。

 事件が起こったノリス・ホールのとある教室。突然廊下で叫び声が上がった。ドアを開けると、銃口を下に向けたチョ・スンヒ容疑者が悠々と歩いて来るのが見えた。ペトケウィッツさんはCNNとのインタビューで「友だちが驚いてドアを勢いよく閉めました。完全にパニック状態でした」と話している。

 皆が驚き戸惑う中、彼は叫んだ。「バリケードを築こう」。彼ともう二人の友人が大きな机を運んできてドアをふさいだ。容疑者がドアを無理やりこじ開けようとしたため、15センチほどのすき間が生じた。それでもペトケウィッツさんとその友人が必死でドアを押さえると、容疑者はドアの真ん中に向け銃弾2発を打ち込み、そのまま立ち去ったという。11人が死の恐怖から免れた瞬間だった。

 そのころ、2階の講義室で応用数理学の講義をしていたリブレスク教授は、突然の銃声に授業をやめ、学生たちに向かって叫んだ。「早く窓を開けて飛び降りろ!」

 70過ぎの老教授が講義室のドアを押さえている間に、学生たちは一人また一人と窓の外へと飛び降りた。ところが講義室のドアは結局破られ、リブレスク教授は容疑者の放った銃弾を受け命を落とした。世界的にも名の知れた学者で、同校でも人望厚き教授だった。

 ルーマニアのユダヤ人家庭で育ったリブレスク教授は、幼いころナチス・ドイツのユダヤ人虐殺の渦中を生き延びた人物で、その後はイスラエルに渡り、 1985年に米国へと移住した。彼が多くの命を救い、犠牲となっていったこの日は、偶然にもホロコースト(ナチス・ドイツのユダヤ人大虐殺)の追悼日だった。

崔宝允(チェ・ボユン)記者

【ニュース特集】米バージニア工科大銃乱射事件

朝鮮日報/朝鮮日報日本語版
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