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【コラム】韓国には「人間教育」が欠けている(下)

 ここに米国で25年間、「第2言語としての英語教育」に携わってきたキム・ユミさん(『お母さんが変わらなければ、子どもは成功しない』の著者)が4月4日付朝鮮日報のインタビューで語ってくれた話を再掲する。

 「最近のお母さん方の中には、英語さえ早くから教えればよいと考えている人が多いようです。そのため文化的な素養が欠如している子どもたちが少なくありません。そうした子どもたちがよい大学に行けるはずもなく、もし行けたとしても、企業に歓迎される人材にはなりません」

 「グローバル企業の中には、書類合格者を集めて1週間ホテルに宿泊させ、食事やスポーツ競技の観戦、オペラや演劇の鑑賞、ナイトクラブでの社交などの機会を提供しながら、人間関係のスキルや総合的な文化水準をチェックするところもあります」

 もはや大学が人間教育の場とは見なされなくなって久しい。大学そのものも、システムや運営の面で、企業と変わらなくなってきた。大学は高い水準の知識を伝達し、最小限の社会への足がかりを提供してくれるだけで、「人」を育て上げるところではない。そうした意味では、米国の大学も韓国の大学も同じだ。それどころか平準化に没頭するあまり、すべての高等教育機関が単なる養成所か何かのように完全に横並びとなってしまった韓国の今の状況では、そもそも大学に「人を育てる」ことを期待するほうが間違っている。

 人間教育は、家庭教育と初等教育で行われるべきものだ。子どもたちは親から学び、友人たちから学び、そして先生たちから学ぶ。われわれの周囲を見渡してみよう。家族への信頼や愛情、大人たちへの尊敬の念や礼儀、素直さや自分自身への厳しさ、友人や隣人への配慮、他人に対し迷惑をかけない心遣いやマナーといったものを教える家庭教育はないがしろにされ、数学や小論文といったものを教える塾や家庭教師が幅をきかせている。

 今韓国では、街角や食堂、運転中の道路、催し物の会場といった公共の場で、他の人を配慮する譲り合いの精神に欠けた青少年が、あまりにも多く目につく。例えば、家庭で食事をする際に「いただきます」、「ごちそうさまでした」という基本的なあいさつをきちんと教えている家庭は、全体の何割くらいになるだろうか。ずいぶん前に出版された本ではあるが、『人生に必要な知恵はすべて幼稚園の砂場で学んだ』でロバート・フルガムが語った内容が、重みを持って感じられる今日このごろだ。

金大中(キム・デジュン)顧問

朝鮮日報/朝鮮日報日本語版

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