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【コラム】東京の路地で日本を再発見する(下)

 東京には、大通りよりも有名な路地がたくさんある。わたしが時折散歩する、谷中、神楽坂、佃もそうした有名な路地だ。地域の特性や、住民の所得水準に違いはあっても、東京の古い町並みを感じることができる点では同じだ。小学生がたむろする文房具店や雑貨屋では、木でできた看板や引き戸、ショーウインドーに至るまでが昔のままの状態で残っている。新しいものに取り換えることはせず、毎日きれいに磨いて、修理して使い続けてきたのだ。こうしたものの一つ一つに、「時代後れ」というよりも「味わい深い」という感覚を覚える。

 こうした空間は、日本人だけでなく外国人をも魅了している。六本木や丸の内といった大規模な再開発空間にも決して劣らない存在感があるのだ。訪れる人々に「なぜ六本木ヒルズではなくて、ここに来たのですか」と尋ねると、ほとんどの人が「こっちのほうがよほど日本らしい」と答える。

 こうした日本の原風景を保存してきたのは地域の住民だ。再開発は、言ってみれば企業と政府の手による作品であるが、真に多くの人々に愛される東京らしい場所は、今も昔も住民たちの手によって作られてきたところばかりだ。自分の視野には入ってこない窓際の空間をきれいに飾る織内家の人々や、塀の外に花壇を置いて花を育てる佐々木家の人々、毎日路地の掃除を欠かさない数多くの住民たちが、日々東京を少しずつ美しい街に変えていっているのだ。まるで東京の路地で日本を再発見したような気がした。一つ一つは小さくささいなことだが、こうしたことこそ日本を先進国たらしめている重要な要素なのだ。

東京=鮮于鉦(ソンウ・ジョン)特派員

朝鮮日報/朝鮮日報日本語版

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