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離散家族:11カ月ぶりに再会事業再開

 23歳の若者だった息子キム・ホンギュンさん(62)は60歳を超えていた。88歳の母イ・トンドクさんは「本当にホンギュンなのね?」という言葉を繰り返しながら息子の顔を幾度もなでた。そして固く手を握り合った。イさんは「お母さんにはもう会えないと思っていた」と泣く息子をぎゅっと抱きしめた。

 イさんの長男ホンギュンさんは1968年5月、束草からテソン号に乗って漁をしに行ったまま戻ってこなかった。霧が深かったため、船が軍事境界線を越えてしまったのだった。その年の11月1日、テソン号と船員8人中5人は戻ってきたが、ホンギュンさんは戻って来なかった。その息子との39年ぶりの再会だった。

 第15回南北離散家族の対面行事が霧雨の降る9日、金剛山で開催された。韓国側の離散家族148人(99家族)はこの日、金剛山ホテルの会場で北側の家族229人と再会した。今回の再会は昨年6月以降、11カ月ぶりに行われたもの。

 韓国戦争(朝鮮戦争)中に拉致されたか、軍入隊後に戦死処理された国軍捕虜や拉致者の家族も北朝鮮に住む親せきと対面した。チョン・ヒョクジンさん(72)は1951年、戦闘中に北朝鮮に連れていかれた兄(死亡通知)の息子二人に会い、イ・ヤンウさん(75)も1950年に忠清北道報恩の自宅で拉致された兄(死亡通知)の家族に会った。しかし一部の家族は「拉致なのか、自ら北朝鮮に渡ったのか」をめぐり意見が食い違い、ため息ばかりついていた。

 そのほか、 1・4後退(朝鮮戦争中の1951年1月にソウル陥落を受け韓国軍が南へ撤退した作戦)の際、一人で韓国に渡ったコ・ミョンチョルさん(98)は56年ぶりに長男のミョンソルさん(71)と娘ソンジャさん(65)に会い、「自分だけ生き残ろうとお前たちを北朝鮮に残して韓国に渡った父親を許してほしい」と涙を流した。娘のソンジャさんは「国が食べさせてくれているので幸せに暮らしてきた」と言いながら父の涙をふいた。

金剛山=共同取材班

朝鮮日報/朝鮮日報日本語版

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