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南北縦断鉄道:「こんなに近いのに」56年かかった

2007年5月17日にムンサン駅を出発した列車が午前11時50分ごろ臨津閣を過ぎた。

 17日に南北を出発した列車が分断以後56年ぶりに初めて軍事境界線を越えた。李在禎(イ・ジェジョン)統一部長官や北朝鮮の権浩雄(クォン・ホウン)内閣参事ら南北の関係者150人を乗せた列車は午前11時28分に京義線のムンサン駅を出発し、昼の12時18分に軍事境界線を通過、1時間半後の午後1時3分に開城駅に到着した。北朝鮮の金剛山駅を出発した東海線の列車も昼の12時21分に軍事境界線を通過し、出発して1時間後の12時34分に韓国側の猪津駅に到着した。

写真=共同取材団

 李長官は興奮した表情で、「韓半島(朝鮮半島)の新しい歴史の始まり」「感激で胸がいっぱいだ」「美しく輝かしい朝」などと繰り返した。北朝鮮側の権参事は開城での昼食会で、「外国勢力が分断した鉄道をわが民族の力で復活させた」「いかなる試練が来てもこの路線から脱線してはならない」と語った。

写真=共同取材団

 京義線では列車が軍事境界線に近づくとヨルリン・ウリ党のペ・ギソン議員が「歴史的瞬間だ。歌でも歌おう」と提案し、李長官ら韓国側の来賓は韓半島旗を振りながら「ウリエソウォヌン・トンイル(わたしたちの願いは統一)」を歌った。6・15共同宣言実践韓国側委員長の白楽晴(ペク・ナクチョン)氏は「このように簡単なことがこれまでできなかったのが残念だ」と述べた。しかし北朝鮮の権参事は窓の外を見つめるだけだった。

 ムンサン駅での記念行事前に李長官が「今日は本当に南北が共に作り上げた偉大な勝利の歴史的な日だ」と述べると、権参事は「まだ偉大などとは言わないでほしい。素朴にスタートして今後はもっと良いことを成し遂げよう」と述べ対照的な雰囲気だった。

 祝砲が放たれ白い風船が空に舞い上がる中、午前11時28分に列車がムンサン駅を出発すると多くの市民が線路沿いや陸橋、アパートのベランダなどから汽車に向かって手を振った。携帯電話で通り過ぎる汽車を背景に記念写真を撮る若者もあり、汽車に向かって親指を立てる市民もいた。この様子は臨津閣まで続いた。北朝鮮側の関係者はなぜこのように多くの人が関心を示すのかと驚いた表情だった。

写真=共同取材団
 一方北朝鮮の住民は無関心だった。通り過ぎる列車をながめるだけで手を振る人もいなかった。唯一の歓迎行事は汽車が開城駅に到着したときに中学生約100人が並んで列を作り、「祖国統一」と叫んだことだけだった。56年前に京義線の列車を最後に運転していた機関士のハン・ジュンギ(80)さんは「開城駅近くは本当に変わった。駅前の瓦屋根の家やたくさんあった木も無くなり今は雑草が生えているだけだ」と驚きを隠せなかった。

 東海線の北朝鮮側列車の横には「偉大な首領、金日成(キム・イルソン)同志が自ら乗り込まれた列車・1968年8月9日」と掲げられていた。鉄道庁関係者によると昔のピドゥルギ号(各駅停車の列車)程度のレベルだという。室内には金メッキのようなペイントが施されきついにおいが漂っていた。北朝鮮のキム・ヨンサム鉄道相は「もっと良いのもあるが、首領様の統一の遺訓を貫徹しようとの意味でこの列車を持ち込んだ」と述べた。

 2007年5月17日にムンサン駅を出発した列車が午前11時50分ごろ臨津閣を過ぎた。

ムンサン・開城=共同取材チーム

キム・ミンチョル記者

チョン・ギョンヨル記者

朝鮮日報/朝鮮日報日本語版
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