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「三角山」は本来の名前を取り戻せるのか(上)

日本統治時代、北漢山に改称

 28日、ソウル市江北区牛耳洞のソルバッ近隣公園。松林の向こうに北漢山(三角山)の3つの峰(万景峰・仁寿峰・白雲峰)を見渡せるこの公園にあるオブジェはひときわ目を引く。石を三角形状に積み上げ、北漢山(三角山)の3つの峰を表わしているのだ。

 近くに住むキム・オクヒさん(72)は、「昔から“三角山”と呼んできたのに、いつの頃からか“北漢山”と呼ぶようになり、今では“三角山”と“北漢山”が別の山だと思っている人も多い。元の名前を取り戻せないものだろうか」と話す。

◆1983年に正式名称を変更

 3つの峰が天に向かって突き出すようにそびえ立つその姿が「3つの角」に似ていることから名付けられたという「三角山」。ソウル市の江北区・道峰区など6つの区と、京畿道高陽市・楊州市との境に位置している。

 「三角山」はソウル市内の約50の学校の校歌にも登場する名山だが、政府が発行する地図でその名を見つけるのは困難だ。1983年に三角山や道峰山などの一帯が「北漢山国立公園」に指定されたのに合わせ、三角山の正式名称が「北漢山」とされたためだ。高麗時代から1000年以上にわたって「三角山」と呼ばれ続けてきたが、日本統治時代に行政区域や地名の改変が行われて以来、「北漢山」と「三角山」が混用されるようになったのだ。

 そんな中、ソウル市江北区は区の面積の53%を占める「北漢山」の正式名称を本来の名である「三角山」に戻すため、今年10月から全国で大々的な署名活動を繰り広げることを決めた。また同時に、「三角山の名を取り戻す汎国民運動本部」も立ち上げる予定で、現在学界や宗教界、市民団体の関係者ら約70人が同本部に参画する意向を明らかにしている。

クァク・スグン記者

朝鮮日報/朝鮮日報日本語版

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