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韓国海底発掘の歴史

76年新安沖が初めて、泰安は14番目の発掘地

 韓国の水中文化遺産発掘の歴史は1976年、全羅南道新安の海底発掘から本格的に始まった。60年代後半には文武王(7世紀の新羅の王)陵としても知られる慶尚北道慶州市甘浦沖の大王岩調査、73年には李舜臣(イ・スンシン)将軍が豊臣秀吉の送り込んだ日本軍と戦った場所を中心に忠武公開戦遺物調査が行われたが、これといった成果はなかった。

 漁師の網に青磁6点がかかったことから始まった新安沖発掘には、84年までに延べ1万人近くのダイバーが動員され、計2万3502点の文化財を引き揚げた(硬貨800万点を除く)。沈没したのは中国船だった。その後は済州道新昌里、全羅南道莞島郡漁頭里、全羅南道務安郡導里浦、全羅北道群山市玉島面飛雁島・夜味島、忠清南道保寧市鰲川面元山島など計13カ所で水中発掘が行われた。現在発掘が行われている忠清南道泰安郡竹島沖は14番目の発掘地だ。こうした発掘が西海(黄海)岸に集中しているのは、全羅道で作られた青磁を積んだ船が多数沈没しているためだ。「海に沈む文化財を発見した」という通報は、現在までに220カ所からあった。このうち実際に発掘調査が行われたのが14地域に限られているのは、水中発掘専門機関の人材が足りないからだ。

 これまで引き揚げられた高麗青磁は計6万400点。竹島沖で発掘された高麗青磁は5064点で、現在少なくとも7000点以上がさらに眠っていると考えられている。高麗青磁の水中発掘の歴史は、竹島沖の発掘により新たに書き換えられるだろう。

泰安=慎亨浚(シン・ヒョンジュン)記者

朝鮮日報/朝鮮日報日本語版

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