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【コラム】東京に息づく古い街並みの魅力(上)

 一昨年、日本人の友人に連れられて新宿ゴールデン街にある広さ3坪ほどのウォッカバーを訪れた。テーブルが5つほどある狭い店内は、後から入って来たロシア人客3人で満席となった。ゴールデン街にある店はどこも同じような規模だ。

 記者が3回目に訪れたとき、店の主人が「ソウルにもこんなところがあるか」と尋ねてきた。そこで思いついたのが「ソウルの赤線地帯」だった。狭くてみすぼらしい建物が隙間なく並んでいる様子と、どこか退廃的な色合いの看板は、今や消えゆくソウルの赤線地帯との共通点を感じさせた。記者の説明に、店の主人は「ゴールデン街もかつて、そんな場所だった」と教えてくれた。

 後で新宿ゴールデン街のホームページを覗いてみると、「昭和33年(1958年)の売春防止法ができるまで、”青線”と呼ばれる非合法売春地帯として隆盛を迎えた」との記述があった。その後1950年代までの売春地帯の雰囲気を残したまま、左党が宵越しの酒を楽しむ飲み屋街へと姿を変えたという。奇妙なのは、そのすぐ隣に歌舞伎町という、日本最大級の繁華街が存在することだ。ゴールデン街が再開発されることもなく、また歌舞伎町に吸収されることもなく残った理由が知りたいと思ったが、ホームページにも「権利関係の複雑さや地回りヤクザの縄張りといった問題のため」としか書かれておらず、それ以上の詳しい説明は見当たらなかった。

 いずれにせよゴールデン街は1950年代を彷彿とさせる独特の雰囲気ゆえに長きにわたって日本の左党たちに愛されてきた。そして今やその評判は海を越えて世界に広まりつつある。最近ゴールデン街では、まるで「不思議の国」にでも迷い込んだかのように不思議そうな表情を浮かべ、狭苦しい店に不釣り合いな恰幅(かっぷく)のよい西洋人たちが入って来るのをよく見掛ける。また韓国の新聞にも紹介記事が掲載されたせいか、韓国の若者たちもちょくちょく訪れている。今や立派な国際的観光スポットなのだ。

 しかしこの通りが観光客を魅了するのは、浅草の浅草寺のような日本の「昔」を体験できるからでも、六本木ヒルズや東京ミッドタウンのような日本の「今」が感じられるからでもない。ゴールデン街の魅力は、1950年代という微妙な時期の、すえた匂いをとどめていることにある。

東京=鮮于鉦(ソンウ・ジョン)特派員

朝鮮日報/朝鮮日報日本語版

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