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【萬物相】日本人とクジラ

 オーストラリア南部のポートリンカーンは、十数年前までただの寂れた漁村に過ぎなかった。ところが今、ここは住民に占める富裕層の割合がオーストラリアでもっとも高い村となった。その秘密はマグロだ。冬ともなれば、偵察用のヘリコプターを動員して船団を組み、エサを求めてグレートオーストラリア湾にやって来るマグロの群れを巨大な円形の網で捕獲する。

 捕獲されたマグロは網ごとポートリンカーンに運ばれる。その間にダイバーたちは海中で網の中に紛れ込んだサメを追い出し、網に開いた穴をふさぐ作業を行う。マグロの群れは専用の吸引器で養殖場に収容される。20キロに満たないマグロも6カ月後には40キロを超えるほどに成長し、そのまま日本に空輸される。

 大がかりなマグロ養殖場ができたのも、マグロをこよなく愛する日本人がそれを必要としたからだ。缶詰工場に売ればキロ当たり800ウォン(約95円)にもならないマグロでも、新鮮なうちに刺し身やすし用として輸出すれば2万5000ウォン(約3000円)になる。そして日本人は年間57万トンのマグロを食べる。韓国における、サムギョプサル(豚肉の三枚肉)の焼き肉と同じくらいの国民食なのだ。

 日本人が愛着を抱いているもう一つの海の幸が、クジラだ。7世紀に天武天皇が出した「殺生・肉食禁止の詔」が明治維新によって解かれるまで、日本人は1200年にわたって肉食を行わなかった。その間、日本人にとって肉の代わりとなってきたのが魚とクジラだった。鯨肉(げいにく)は特にすき焼き用の肉として好まれてきた。

 また第2次世界大戦後の貧しい状況の中、鯨肉は日本人にとって重要なタンパク源となった。マッカーサー将軍もこれを奨励した。そして鯨肉の消費量は、1962年には22万6000トンに達した。だがその後、捕鯨禁止の議論が高まる中、1988年に日本は商業捕鯨から撤退することを余儀なくされた。

 現在日本は生態系調査目的の捕鯨が認められている点を利用し、年間1000頭の鯨を捕獲している。科学的な研究のためにしては多すぎるが、「年齢を調べる」として耳を切り取っては、堂々と水産市場に流通させている。しかし建前では、余った肉を捨てるわけにはいかないので市場に出しているとしている。数日前には、グリーンピースをはじめとする環境保護団体の反発を押し切って、過去40年間で最大規模という捕鯨船団が日本を出航したという。

 日本では鯨肉が郷愁を誘う食べ物で、日本伝統の食文化だという意見が多い。韓国の犬肉料理と同じく、食べない国から見て野蛮に感じられるという理由だけで、非難される筋合いはないという意見も一理ある。また日本の伝統芸能である人形浄瑠璃で、人形を操るための紐として弾性の強いクジラのひげが使われてきたことまでを例に挙げ、文化としての側面を強調する意見もある。島国だけに、捕獲制限が他の水産物にまで拡大することを恐れていることもあるだろう。

 一方で、敗戦後にコメの代わりに小麦やパンを主食とするよう強要されたつらい経験が、食文化における自尊心を回復したいという思いにつながっているのではないかという指摘もある。日本の捕鯨問題を見ていると、食文化には、ただ食べて栄養を採ること以上に意味や精神が存在することを再確認させられる。

呉太鎮(オ・テジン)論説委員

朝鮮日報/朝鮮日報日本語版
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