【社説】西海交戦から6年目、やっと届いた殉死者の叫び
政権引き継ぎ委員会と国防部・報勲処は2002年の西海交戦で死亡した海軍兵士らの追悼式を今年から国家行事に格上げする方針を固めた。西海交戦の追悼式はこれまで、少将級の海軍第2艦隊司令官が主管してきた。国のために命をささげた英雄たちを追悼する式典が、これまでは単なる所属部隊の行事として行われてきたのだ。
2002年6月29日に起きた西海交戦は、北方限界線(NLL)を侵犯した北朝鮮軍の警備艇が韓国の警備艇に奇襲砲撃を浴びせたことが発端となった。韓国の高速艇の艦長だった尹永夏(ユン・ヨンハ)少領(少佐に相当)と韓相国(ハン・サングク)、チョ・チョンヒョン、ファン・ドヒョン、ソ・フウォン中士(上等兵曹)、パク・ドンヒョク兵長の6人もの前途ある若者が、祖国のために命を落とした。
だが大韓民国政府は、この英雄たちに報いるどころか、ひどい仕打ちで臨んだ。まず国防長官と合同参謀議長は、犠牲者の告別式に出席すらしなかった。その後3回忌になってやっと国防長官が追悼式に出席し、昨年初めて首相が出席したほどだ。また昨年は李在禎(イ・ジェジョン)統一部長官が西海交戦について「われわれが今一度反省すべき課題」と論評した。政府関係者は、国のために命を落とした英霊を前に遺族を慰労し、犠牲者に感謝するどころか、北朝鮮の顔色ばかりうかがっていた。
こうした中、韓相国中士の妻は2005年に「こんな国のために命をかけて戦う兵士がいるだろうか」とし、移民してしまった。また韓明淑(ハン・ミョンスク)首相(当時)が2006年、国家防衛の最前線で亡くなった軍・警察関係者の遺族を招待したが、西海交戦の遺族らは誰一人として参加しなかった。国を守るために犠牲となった殉国者たちをないがしろにしてきた政府の姿勢に、強い不満を抱いていたからこそだろう。
政治史をひもといてみても、多くの国々が国家のために犠牲となった人々を記憶し、その遺族に報いるために努力してきたことがわかる。国が存続していくためには、国民に対し、国のために命をささげたすべての人々を国は決してないがしろにしないという信頼を与えなければならない。古代のアテネはスパルタに対抗して命を落とした兵士たちのため、盛大な国葬を執り行い、「戦死者を最後まで礼遇する国はアテネだけであり、それがアテネを強くする」と宣言した。
戦没者の追悼行事は近代国家にとって、もっとも重要な国の祭儀だ。第1次世界大戦の際、戦死者数十万人を出して最大の戦場となったフランスのベルダンには、「ここに国家のために亡くなったある兵士が眠る」と刻まれた追悼碑が建っている。なぜ「兵士ら」ではなく「ある兵士」なのか。それは国家が戦死者一人一人に呼びかけ、その名を記憶してこそ、国民も国を信じ、兵士も国のために命をかけて戦い続けるという真理を示したかったからだ。だがこの国には、そうした明白な真理に気づくまでに、6年もの歳月が必要だったのだ。
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