【萬物相】原住民の悲しい歴史
19世紀初頭、オーストラリア南部のタスマニア島で原住民狩りが行われた。白人が飼う羊を保護するためだった。動員されたのは刑務所に収監されていた犯罪人や一般人で、一列に並んで島を探索し、原住民を見つけるとその場で射殺した。こうして1835年までに3000人から4000人が虐殺され、生き残った135人は小さな島へと送られた。しかし彼らも新しい環境に適応できず、1876年までに全員が死亡した。
原住民抹殺政策が最も大規模に行われたのが北米大陸だった。英国の植民地時代には頭の皮1枚に40ポンド(現在のレートで8500円)の賞金が懸けられ、「最良のインディアンは死んだインディアン」とも言われた。1500年に200万人いたといわれるアメリカインディアンは、1910年には22万人にまで激減した。
現在は直接の弾圧や虐待はほぼ姿を消したが、原住民社会の危機は相変わらず続いている。地位や権益で差別され、土地開発などで生活の基盤が破壊されている。ボツワナ政府は2002年、カラハリ砂漠の野生動物を保護するという名目で、2万年以上もこの地で生活してきたブッシュマンを追い出した。南米アマゾン流域でも、ガス田開発のために原住民が生存の危機に直面している。
原住民社会のアイデンティティーと固有の文化を巧妙に抹殺した事例もある。日本は1871年に戸籍法を制定し、北海道の原住民だったアイヌ族を平民とした。アイヌ語の使用や狩猟、伐採などを制限あるいは禁止し、彼らを日本人として同化させた。オーストラリアも1970年まで、原住民アボリジニの子ども5万人を強制的に両親から引き離し、白人家庭で養育させた。文明化政策という名の下、野蛮な原住民に西欧文明を教え込むという恵沢を与えるというものだった。
オーストラリアのケビン・ラッド首相は、「同じオーストラリア人であるアボリジニに大きな苦痛と悲しみを抱かせた歴代政府の法と政策に対し謝罪する」と述べ、文明化政策の過ちを初めて公式に認めた。白人家庭に育てられた子どもたちは、そのほとんどが適応できないまま薬物やアルコール中毒になったり、身体的・性的虐待を受けたりした。オーストラリアの文明化政策の結果は、野蛮と文明の二分法を再び思い出させた。ラッド首相の謝罪は、文化の多様性の価値を認めなかった西欧文明の傲慢と独善に対する反省だ。
キム・ギチョン論説委員
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