「わたしは南北の二重スパイだった」(上)
チョン・テファン氏インタビュー
◆「主思派」になる
チョンさんは1987年、仁川で労働運動に携わり、「左傾容共学習小組事件」で逮捕され、懲役3年、執行猶予5年の判決を受けた。「当時は主思派(主体思想派=北朝鮮の主体思想を信奉する勢力)という“勲章”を授かったと実感し、共産主義の現場を直接体験したい、という考えが強くなった」と当時を振り返った。
その後、チョンさんは91年10月、親戚が住むロシアのサハリンを訪問し、そこで北朝鮮の領事イ某氏らと出会って、北朝鮮の主体思想や韓国の革新運動について話を交わし、訪朝を決意した。そして翌年2月初め、金正日書記(当時)の誕生日に合わせ、ハバロフスク経由で帰国する北朝鮮の林業代表部の一行と共に列車で平壌に入った。
平壌入りしたチョンさんは、朝鮮労働党の関係者らから主体思想についての講義を受け、金日成・金正日父子に忠誠を誓う手紙を書き、当局から「パク・ソンテ」という工作員名を与えられた。2月16日の金正日書記の誕生日を祝う行事への参加も命じられ、少し離れた所からではあったが、金日成・金正日父子を見ることができたという。
◆海外で「韓民戦」幹部らと接触
チョンさんはその後、92年末まで、主にソウルやハバロフスクにとどまり工作活動に従事した。北朝鮮の「韓国民族民主戦線(韓民戦)」がマカオなどで借りた民家を活動拠点とし、そこで韓民戦のメンバーらと接触して1週間ほど共同生活をしながら、韓国で知人やメディアを通じて集めた運動圏(学生運動家)や政界の情報について報告していた。
チョンさんが韓民戦のメンバーらと接触する際に使った名前は「ソク先生」で、接触する場所や日時については、韓民戦のキューバ代表部の幹部から隠語で伝えられた。場所は「M」がマカオ、「M2」がモスクワ、「S」はシンガポールを指し、日時は自らの住民登録番号を基準として逆算する方法が取られた。
文=崔慶韻(チェ・ギョンウン)記者
写真=オ・ジョンチャン記者
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