Print this Post Article Lists Back

「わたしは南北の二重スパイだった」(下)

チョン・テファン氏インタビュー

◆安企部に自首

 ところが、北朝鮮の工作員として活動し始めてから1年も経たないうちに、チョンさんは急に不安になった。92年後半、北朝鮮の指導員に接触するため、ハバロフスクに滞在していた際、韓国で中部地域党事件(地下組織の「中部地域党」に加入していた62人が逮捕され、300人以上が指名手配されたスパイ事件)が発覚したという情報を入手し、不安感が大きくなったのだという。そして同年11月に帰国後、国家安全企画部(安企部=現・国家情報院)に自首した。そこで安企部は逆にチョンさんを利用し、対北工作員に仕立て上げることにした。安企部の対北工作は「天王山プロジェクト」と名付けられたという。

 チョンさんはその後、安企部から資金の提供を受け、主にハバロフスクにとどまり、逆工作(韓国側の対北工作活動)に従事したという。「逆工作の内容は、北朝鮮の工作員たちと会って、交わした話の内容を安企部に報告するというものだった」とチョンさんは話した。特に韓民戦の代表部や海外の連絡網、韓国国内の拠点についての把握などがその中心だったという。

 あるときは北朝鮮側から、韓国のある大学の同窓会名簿の提供を求められ、その報告を受けた安企部がこの大学に対する調査を行ったこともあったという。また、韓民戦のキューバ代表部代表の弟が仁川に住んでいるという事実を把握し、これを安企部に伝えて、安企部が4カ月間にわたって調査を行ったこともあったという。

 逆工作活動に携わる中で、北朝鮮側から工作資金を受け取ったこともあった。93年4月初め、安企部の逆工作の一環として、マカオで韓民戦キューバ代表部代表や北朝鮮の指導員イ某氏らと会った際、韓国の運動圏の動向について報告し、4000ドル(約43万円)を受け取ったという。こうしてチョンさんは、計20回余りにわたって第3国で北朝鮮の工作員や韓民戦の幹部らと会い、南北を行き来しながら活動したという。

 だが、安企部の対北工作も96年以降は下火になった。その上、2000年末、安企部の後身である国家情報院が「逆工作ルートの整理」を通告し、チョンさんは01年に起訴猶予処分となり、国家情報院との関係を断ち切られたという。

 チョンさんはまた、「安企部の逆工作活動に従事する中で北朝鮮側から受けた指令だったため、実際に実行することはなかったが、北朝鮮は80年代に運動圏で名が通っていた政界の有力者L氏や、ソウル拘置所に収監されていた当時知り合いだった国会議員のL氏など、政界の関係者と接触を重ね、包摂するよう指示した」と証言した。なお両氏はそれぞれ、李明博次期大統領と盧武鉉政権の側近中の側近だ。

 一方、国家情報院はチョンさんの証言について、「事実関係を確認することはできない」という意向を表明した。

文=崔慶韻(チェ・ギョンウン)記者

写真=オ・ジョンチャン記者

朝鮮日報/朝鮮日報日本語版

このページのトップに戻る