Print this Post Article Lists Back

秋山成勲「ただ穏やかに暮らしたい」(上)

 昨年大みそかに総合格闘技大会「やれんのか!」が開催されたさいたまスーパーアリーナ。太極旗(韓国の国旗)と日章旗(日の丸)が付いた柔道着を着た選手が登場すると、2万5000人以上の日本の観衆は一斉にヤジを飛ばした。「韓国に帰れ」という声だった。

 在日韓国人として日本で生まれ育ち、7年前に日本に帰化した秋山成勲(韓国名:秋成勲〈チュ・ソンフン〉)=32=だが、日本人は彼を「半日本人」とみなしている。

 「韓国人として生まれ、日本国籍を持つようになったのは自分の運命だと思います。どうしようもないです。受け入れるしかないと思います」

 在日4世の総合格闘家である秋山成勲、あるいは秋成勲。今月17日に日帰りで韓国を訪れた彼に、出国1時間前、金浦空港で会った。色黒の顔には昨年12月の試合で負傷した鼻の傷跡よりも、疲労の色が深くにじんでいるかのようだった。

 2006年にある日本人選手に対し反則を犯したという理由で、1年以上日本のマスコミから攻撃を受け続けている。逆にここまで日本で窮地に追い込まれた状況が、韓日関係と相まって韓国で人気が出る要因となった。韓国系カナダ人の格闘家デニス・カーン(30)を倒し、崔洪万(チェ・ホンマン)=27や尹東植(ユン・ドンシク)=35=と共にスターとなったが、1カ月以上インタビューの申し込みを断ってきた。

 今回何とかインタビューに応じてはくれたものの、終始警戒している様子だった。彼が02年に日本代表として釜山アジア大会に出場し、韓国選手を破って金メダルを獲得したとき、「祖国を投げ飛ばした」と激しく非難したのも韓国だったからだ。

 秋山が初めて韓国で話題となったのは1998年だった。74年に在日韓国人の柔道代表として全国体育大会で優勝した父のチュ・ゲイさんの影響で3歳から柔道を始めた秋山は中学、高校、大学時代、日本の全国大会で名が知られるようになった。

チョン・ヒョンソク記者

朝鮮日報/朝鮮日報日本語版
このページのトップに戻る