『備辺司謄録』、2010年までに韓国語訳完成へ
『朝鮮王朝実録』に続き韓国で2番目
韓国の歴史記録の精髄の一つといえる膨大な量の『備辺司謄録』の韓国語訳完了が目前に迫っている。1988年から『備辺司謄録』の翻訳作業を進めている国史編纂委員会(鄭玉子〈チョン・オクチャ〉委員長)は、2010年までに同書273冊すべてについて翻訳を終える計画だ。
『備辺司謄録』は、『朝鮮王朝実録』『承政院日記』『日省録』と並び朝鮮時代の「4大官選史料」の一つに数えられ、このうち現在までに韓国ですべて翻訳されたのは『朝鮮王朝実録』だけだ。
国史編纂委員会が4月25日に開催した学術会議「『備辺司謄録』の韓国語訳事業の現況と課題」は、同事業の中間点検のためのものだった。備辺司は、壬辰倭乱(文禄慶長の役)以後、朝鮮王朝中期‐後期約250年にわたり議政府に代わって国政全般を総括した最高官庁だった。『備辺司謄録』は、備辺司の活動を記した日記体の記録だ。
『備辺司謄録』は現在、1617年(光海君9年)から1892年(高宗29年)まで276年分、273冊の筆写本が残っている。同書は当時の国政の核心を知ることができる第1級の史料であるにも関らず、いまだ本格的な研究がなされていない「未踏の地」となっている。北朝鮮は2006年に社会科学院民族古典研究所で翻訳を終えたと発表したが、翻訳の質は未知数だ。
学術会議で「『備辺司謄録』の内容と記述体系」を発表した国民大国史学科のイ・グンホ専任研究員は、「17世紀後半以降、備辺司の役割が国防・外交から財政・人事中心に移っていったことを『備辺司謄録』で確認した」と語った。顕宗代(在位1659‐74)までの『備辺司謄録』の内容は、24.1%が国防、32.3%が外交分野に関わるものだった。しかし粛宗代(在位1674‐1720)になると、財政関連が39.3%、人事関連が18.4%であるのに対し、国防や外交分野の内容はそれぞれ20.5%、10.4%に減少した。イ研究員は、「17世紀には壬辰倭乱や丙子胡乱(清の朝鮮侵攻)、北伐(清への侵攻)推進などにより国防・外交の重要性が浮き彫りになったが、徐々に対清・対日関係が安定していくに伴い、国家の関心が財政などに集中したことを示している」と語った。
また、国史編纂委員会のキム・ヨンドゥ研究員は「『備辺司謄録』の韓国語訳および情報化事業の成果と展望」について発表し、「現在『備辺司謄録』は、純祖即位年(1800)12月に当たる第191巻まで翻訳が終わっている。昨年8月から24人が参加し、2010年7月までに翻訳を完了する予定で、総額12億1500万ウォン(約1億2600万円)の予算が投入される」と話している。だがデーターベースの構築事業は、情報化予算の縮小のため相当遅れる見込みだという。現在までに入力された『備辺司謄録』の原文および訳文は、韓国史データベースの「編年史料」で見ることができる。
兪碩在(ユ・ソクジェ)記者
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