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【コラム】死刑に対する日本の見解(下)

 厳罰主義に向かう日本の傾向は、「加害者の人権」から「被害者の人権」へと目を移しつつある世論を反映したものだ。日本政府とメディアが行った世論調査で、死刑制度に賛成する割合は2000年代以降、80%台を保っている。これは光市母子殺人事件を機に被害者家族が前面に出て加害者に対する厳罰を要求し始めたのが大きい。鳩山法相が「世論が反対すれば執行しない」と発言したのには、「世論が死刑制度を支持する以上、執行する」という強い意志が込められている。

 日本の厳罰主義傾向を司法制度の変化と結びつける見方もある。日本は来年5月から一般市民が裁判に参加する「裁判員制度」を実施する予定だ。有罪か無罪かだけを判断する米国の陪審員制度や、韓国の国民参加裁判とは違い、6人の裁判員が裁判官と共に量刑まで判断するというものだ。これについて朝日新聞は「(最近の厳罰への動きは)死刑が法に基づく正当な執行だと示すことで、裁判に参加する市民に(死刑に対する)抵抗感をなくそうという意図」と分析している。

 厳罰主義の善し悪しについては、個人の判断で違ってくるだろう。死刑制度存続か廃止かも、国民感情や文化により決まる問題だ。日本は古くから「死をもって罪を償う」という自決の伝統が強いことから、死刑に対する文化的抵抗感が少ないという説もある。だが、次の点からは、日本の厳罰主義を支持したい。無念の死を遂げた被害者の気持ち、遺族の怒りと悲しみ、「自分の家族があんな目に遭ったら…」という心痛への共感から、国が目をそらしていないという事実だ。

東京=鮮于鉦(ソンウ・ジョン)特派員

朝鮮日報/朝鮮日報JNS
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