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中国地震:破壊された道路、生存者が減少(下)

 15日午後、洛水鎮当局の庁舎内にある広場には30張りのテントが設置され、100人余りのけが人が手当てを受けていた。医師の盧元平さん(37)は「3日間でこの臨時病院だけでも、周辺の工場、学校、民家などから救出された負傷者2000人余りが応急治療を受けた。救出された生存者は初日に2000人余りに上ったが、昨日は100人余り、きょうは10人もいない」と話した。ただ、3日目に救助された生存者は成都市内の大病院に移送中に全員が死亡したという。盧さんは「時間が生存を難しくしている」と涙をぬぐった。

 洛水鎮では2000人余りが死亡した。周辺のセメント工場と肥料工場で1000人余り、高校で300人余りが生き埋めとなった。

◆減少する生存者とボランティアの列

 取材中に什ホウ市内の病院で患者200人余りと会ったが、大半は地震発生当日か翌日に救助された人だった。こうした中、什ホウ市人民医院の脇に設置された臨時テントで地震発生から68時間ぶりに救助されたという徐雲竜さん(60)に会うことができた。徐さんは「山の斜面で村の人々3人と畑を耕していたところ、ごう音とともに岩が降ってきた。気が付くと、トラックほどの大きさの岩が下半身に覆いかぶさっており、もう一人と雨の中励まし合いながら3日間を耐えた」と話した。徐さんは15日午前に人民解放軍に救助された後、左ひざより下を切断する手術を受けた。

 成都と什ホウを往来する道路では救援物資やボランティアを乗せたトラックや乗用車を1000台以上見掛けた。ボランティアのトウ昭寅さん(44)は「市当局がボランティアの車両が殺到しないようにと案内放送をしており、AB型の血液が足りないと言えば、3時間以内に十分なほどの血液が集まるほど、ボランティアに参加する人が増えている」と話した。

中国・四川省什ホウ=李恒洙(イ・ハンス)特派員

【ニュース特集】中国・四川省大地震

朝鮮日報/朝鮮日報日本語版
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