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【コラム】公権力の死(下)

 集会現場に出ると、警察などの公権力は手強い相手ではなく、軽蔑と嘲弄の対象となっているのが一目で分かった。

 夜中の3時ごろ、世宗路交差点での話だ。女性警察官が「皆さんは違法な集会を行っています。皆さんの意向は十分に伝えられましたから、路上を占拠するのはやめて帰宅してください」と拡声器で叫んだ。

 形としては警告だったが、集会参加者たちを刺激しないという方針の下に、哀願でもするかのような姿だった。集会参加者たちはそれで心が動いただろうか。「われわれの主張は正当なものだが、このように道路を占拠するのは違法行為だ」と悟って自らの行為を悔いただろうか。実際は「警察野郎、お前らこそ早く家に帰れ」「機動隊のバスの方が違法駐車だ」という不満の声が聞こえるばかりだった。すると警察は思い悩んだ末、コンテナで世宗路を遮断した。集会の参加者や一般国民の目に「警察官の制服」はどのように映ったのだろうか。

 警察はいわゆる政府機関の末端だ。大統領をはじめとする政府の本体が、完全に不信と嘲弄の対象となっているため、その下にいる警察もそのような目を避けることはできない。ともすれば警察の公権力こそが前面に立って、そのような不信の目をすべて抱え込んでしまっているのかも知れない。

 それでも公権力がこのような状況にまで追いやられたのは、自ら招いたという側面が強い。警察は厳正な法と秩序の原則を常に叫びながら、実際の現場では相手の顔色をうかがって自ら後退していた。自ら守ることもできないスローガンばかりを公権力が口にするなら、嘲弄の対象となるのは当然のことだ。プライドは自ら守らなければ誰も代わりに守ってはくれないのだ。

 その日は早朝まで、ソウル都心の太平路10車線で集会の波が収まることはなかった。残った参加者たちは豚足やビール、ペットボトル、どぶろくなどを持って座り込み、歌を歌い演説を続けていた。しかしすべては終わりを迎えるときが来る。このキャンドル集会が終わったとき、彼らは果たして何を得て何を失うのだろうか。

崔普植(チェ・ボシク)社会部長

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朝鮮日報/朝鮮日報日本語版

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