「朝鮮戦争、真の勝者はユーゴスラビア」(上)
ソ連による侵攻の危機から脱出し、第3世界のリーダー国家に
韓国外大キム・チョルミン教授の主張
社会主義国家の中で唯一、北朝鮮の南侵説を支持
ソ連との戦争を避け「中立路線」を維持
「今朝未明、北朝鮮人民民主主義共和国の軍隊が、日本軍の武装解除のために米ソ間で樹立した北緯38度の全境界線を越え、韓国侵攻に突入した」。1950年6月25日、東ヨーロッパのある社会主義国家の国営新聞ボルバはこのように報じた。北朝鮮とソ連が、戦争勃発の状況を「韓国軍の先制攻撃を撃退し、反撃を試みた」と歪曲(わいきょく)して宣伝していたそのときに、この国は「北朝鮮の南侵で戦争が起こった」という事実を冷静に見抜いていた。その唯一の社会主義国家とは、ユーゴスラビアだった。
ソ連をはじめとした共産圏の国家は、戦争後もひたすら韓国による「北侵説」を定説として受け入れてきた。これは西欧の一部知識人にまで及び、フランスの哲学者ジャン・ポール・サルトルですら、一時は北侵説を信じていたほどだった。ところが、唯一ユーゴスラビアだけは、ずっと「南侵説」を支持してきた。一体なぜなのか。図書出版アカネットは最近、優秀な博士論文を単行本に編集し『韓国の若い知性』シリーズ10巻を発行した。その中に収められている韓国外大セルビア・クロアチア語科キム・チョルミン教授の論文「韓国戦争と東ヨーロッパ」は、この問題を正面から取り上げている。
ユーゴスラビアのベオグラード国立大で博士学位を取得したキム教授は、10年前ユーゴ側の資料を閲覧していたところとても驚いたという。韓国から遠く離れたこの異国に、6・25戦争(朝鮮戦争)関連の文書が極めて大量にあったからだ。大部分の資料は、一方に偏るのではなく、非常に客観的な視角から6・25戦争を観察していた。
独自の路線を進もうとしたユーゴのチトーとユーゴを統制したかったソ連のスターリンとの間の対立は、1948年のコミンフォルムで表面化した。ユーゴは周辺の社会主義国家から孤立し、親西欧路線を歩まなければならなかった。ソ連がいつ侵攻してくるか分からない、一触即発の状況だった。キム教授は「秘密が解除されたユーゴ側の文書を調査してみると、ソ連はユーゴの周辺国家に武器と軍需物資を提供し、1950年夏以降、大々的なユーゴ侵攻を準備していた」と語った。
兪碩在(ユ・ソクジェ)記者
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