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「朝鮮戦争、真の勝者はユーゴスラビア」(下)

ソ連による侵攻の危機から脱出し、第3世界のリーダー国家に

 ところが、砲声が轟いたのは、意外にも全く別な場所だった。1950年6月、ユーゴのメディアは「バルカンの代わりに韓国で戦争が起こった」と報じた。自らの運命と密接に関っている戦争だと判断したわけだ。実際、米国は6・25戦争を契機としてユーゴの戦略的重要性を一層深く認識するようになり、韓国軍の強い抵抗により洛東江での戦いが長引いたことで、ソ連のユーゴ侵攻計画は実現しなかったという。

 こうした状況から、ユーゴは韓半島(朝鮮半島)での戦争を最大限「客観的」に見なければならず、その結果「南侵説」を支持するようになった、というのがキム教授の分析だ。中国軍が参戦する頃、ユーゴ側の秘密文書には「ソ連が中国を韓半島に引き入れるのは、東ヨーロッパの軍隊を動員しわれわれ(ユーゴスラビア)と西欧を攻撃しようとするものだと見られる。場合によっては第3次大戦に拡散する可能性もある」という恐るべき状況認識も現れている。当時、国連安保理議長国だったユーゴは戦争中、終始「中立国」の立場を固守した。

 キム教授は「6・25戦争の真の勝者は、米国でもソ連でもなく、ユーゴスラビアだった」と主張する。目前に迫っていた戦争を避け国家的危機を克服することができ、6・25戦争の過程を見守る中で、「冷戦勢力同士の先鋭な利害関係の間で、どちらか一方のブロックに編入されにくい国家が共存していること」を悟るようになった、というわけだ。「ユーゴが非同盟外交政策を樹立し第3世界のリーダー国家として台頭し得た重要な歴史的背景が、すなわち6・25戦争だった」というのがキム教授の研究における結論だ。

兪碩在(ユ・ソクジェ)記者

朝鮮日報/朝鮮日報日本語版

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