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着工から17年、徐載弼記念公園がオープン

全羅南道宝城郡に整備

 1884年に起こった甲申政変の中心人物の一人で、独立運動家として活動した徐載弼(ソ・ジェピル、1864‐1951)の記念公園(写真)が、着工から17年にして正式にオープンする。

 徐載弼記念事業会は来月8日午前11時から、全羅南道宝城郡文徳面ヨンアム里の徐載弼記念公園で開園式を開く。式には地方自治体の関係者や光復会員、地域住民など約700人が出席する予定だ。

 住岩湖が一望できる面積4万5700平方メートルの記念公園には、記念館や独立門、祠堂(位牌を安置する建物)、彫刻公園、銅像、土産物売り場、野外ホールなどが設けられる。記念館には約800点の遺品も展示される予定。また、独立門は韓国初の西洋式の建造物である、ソウル市西大門区の独立門と同じ大きさのレプリカだ。一方、徐載弼が生まれてから6歳まで過ごした文徳面カネ村の母親の実家も2004年に復元され公開されている。

 徐載弼の偉業を称えるために進められている記念公園整備事業は、紆余曲折の連続だった。総事業費124億ウォン(約12億9500万円、うち国費81億ウォン=約8億4600万円、道費24億ウォン=約2億5100万円、郡費14億ウォン=約1億4600万円)を投じて完成するまでに13年の歳月を要した。また、管理主体の選定でも問題が生じたため、完成から4年も経ってようやく開園式を行うことになった。結局、管理主体は記念事業会とすることで落ち着いた。

 徐載弼は1884年、金玉均(キム・オッキュン)らとともに甲申政変を主導したものの、失敗に終わり、日本を経て米国へ渡った。その後帰国し、国民に対する啓蒙運動で先頭に立ったが失敗に終わり、再び米国へ渡って独立運動に加わった。徐載弼の亡骸(なきがら)は1994年になってようやく帰国し、ソウル市銅雀区の国立墓地に埋葬された。

宝城=チョ・ホンボク記者

朝鮮日報/朝鮮日報日本語版

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