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【社説】韓国の消防官たちの悲劇的な宿命(下)

 2001年に米ニューヨークで起きた911テロ当時、誰もが現場から逃げ出そうとしていた時に、消防官たちだけはその人波をかいくぐってテロの現場に飛び込んでいった。誰もが自分の命を守るために逃れてきた死の地獄へと飛び込まなければならないのが消防官たちの宿命だ。ある社会ではこの宿命の前に頭を垂れて彼らを英雄として称えている。米国がその代表的な国だ。子供たちは「消防官になりたい」という歌を歌い、消防官の職業満足度や幸福指数は職業全体の中で2位を占めているが、それも当然と認識されている社会が米国だ。

 しかし別の社会では同じ仕事をしていても二人のうち一人が転職を希望しており、10人中8人は自分の子供が消防官になることに反対している。まさにそれが大韓民国だ。消防官が転職を希望する主な理由の一つが、「社会的評価の低さ」だ。幼い子供のころから「カネ、カネ、カネ」と歌を歌い、自らを犠牲にするのは愚かな行為とされる社会。このような社会では、カネも稼げないのに自分の命を危険にさらさなければならない消防官たちが、自らの職業を変えることを望み、また自分の子供が同じ仕事に就くことに反対するのも当然のことだろう。

 消防官たちだけではない。韓国社会には危険で大変でまた大したカネにもならないが、誰かが必ずやらなければならない消防官・警察官・軍などの仕事に従事する人たちを心から尊敬する社会的風土が欠如している。韓国社会は彼らの命と犠牲の上に成り立っているのだが、実際はその命を利用するばかりだといっても過言ではないということだ。給料がいくら多いとか少ないとかの問題でもない。3人の消防官の遺体の前で、誰もが一度は深刻な思いで考えるべき問題だ。

朝鮮日報/朝鮮日報日本語版

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