2016年8月、米国で大統領選挙が大きく盛り上がっていた頃の話だ。共和党を支持する外交・安全保障問題の専門家50人以上がトランプ候補に反対する署名を行った。そこには「トランプ候補は米国の安全保障を危険に追いやる最も無謀な大統領になるだろう」と書かれていた。いわば「トランプ拒否宣言」とでも言うべきものだ。ブッシュ政権時代に米国家安全保障会議(NSC)アジア担当補佐官を務めたビクター・チャ氏の名前はそこにはなかったが、彼と親しい多くの専門家がこれに署名していた。これが理由になったのか分からないが、チャ氏は選挙後、国務次官補や駐韓米国大使などの候補として何度も名前が上がるようになった。

 チャ氏は20002年、米外交専門誌「フォーリンアフェアーズ」に投稿したある論文で一気にスターになった。その中でチャ氏は「交渉を行う場合、厳しい圧力と制裁があってこそそれなりの結果を出せる」との理由で、北朝鮮に対し「強硬な介入を駆使せよ」と訴えた。韓国の金大中(キム・デジュン)政権による対北宥和(ゆうわ)政策への批判がそこには込められていた。この「強硬な介入」という言葉は「タカ派的介入」とも表現されるが、いずれにしてもこの短いフレーズがきっかけでチャ氏はNSCに抜てきされた。6カ国協議では米国の次席代表にもなり、協議の席では北朝鮮の代表よりも韓国の盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権関係者らとより多くの論争をしたという。

 チャ氏は北朝鮮問題の専門家と思われがちだが、実際の専門は韓国、米国、日本の3カ国関係だ。コロンビア大学での博士論文でチャ氏は韓国と日本がそれぞれ米国と結んだ同盟について、「類似の同盟」と規定しながらも、一方で「敵対的提携」になっている奇異な状況に注目した。この論文でチャ氏は2000年に大平正芳賞を受賞した。記者はワシントン特派員だった時にチャ氏を取材したことがあるが、その席でチャ氏は「韓国政府による反日の政治利用は問題」と主張していた。

 そのチャ氏が昨年駐韓米国大使候補に名前が上がったが、その直後からチャ氏は厳しい検証を受けるようになった。知人らとの集まりの際には「A4用紙60枚分量の質問書が来て頭が痛い」と語っていたという。その場にいたある元米国務長官は「私も大使になる時は聴聞会に出席したが、長官になる時はもっと厳しい検証を受け、イラついて周りに怒鳴り散らしたこともある」と言ってチャ氏をねぎらったそうだ。韓国政府は昨年12月、チャ氏の大使就任に同意した。ところが最近この人事が突然取り消されたとのニュースが太平洋の向こう側から伝わってきた。

 チャ氏も強硬派だが、戦争も辞さないほど強硬派のトランプ大統領にチャ氏が違う意見を伝えたことが問題になったようだ。「大使になれるなら言われた通りにやります」という文化になれた韓国人にとって、チャ氏が大使の職よりも自らの信念を守ったという話は新鮮に聞こえる。いずれにしても駐韓米国大使はこれまでほぼ1年空席が続いたが、今後も最低数カ月は空席が続くことになった。今の厳しい状況で米国大使が長期間空席のままでも大丈夫か気になるところだ。韓米関係がこれまでとは違う異常な状況にあることを改めて思い知らされる事態だ。

 

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