文在寅(ムン・ジェイン)政権が発足すれば、デモくらいはなくなると思っていた。少なくとも減るのではないかと思っていた。これまでのデモの中心のほとんどが反保守、親左派団体だっただけに、彼らが立てたと誇る左派の「キャンドル政権」に反旗を翻す者など存在しないと思っていた。

 ところがデモが行われなかった日は、1日たりとも存在しない。ソウル市光化門は、デモ隊に乗っ取られて久しい。先週末、光化門一帯には計22件のデモに3万-4万人の群衆が詰め掛けた。昨年1年間、ソウル市鍾路区一帯で行われたデモは2563件で、2016年よりも43%増えている。文在寅政権が発足してからは31%も増加しているという。

 現在の大韓民国は、葛藤と分裂と反目の国となっている。デモの急激な増加は、葛藤の程度がより深刻になったことを意味している。われわれは、戦争、産業化、民主化という過程を通過しながら、なんとか今日の生活を手に入れた。今ではようやく生活らしい生活ができるようになったと言える。それでも、われわれの葛藤と反目と分裂は減ることもなく、ますます拡大して過激化し、今では顔も上げられないくらいになった。

 文政権が発足したことで、葛藤の対象には聖域が消えた。所得主導の成長と最低賃金の引き上げ、勤労時間の短縮は、それが正しいか正しくないかはさておき、葛藤のレベルを超え、韓国社会の基盤を揺さぶっている。さらには憲法、教科書、司法、軍部、企業など、手を付けない分野がない。今では外交・安保問題の浮上は、日常茶飯事と化している。南北問題、韓米関係、国防は、韓国社会の葛藤の最前線を極大化した。

 先日、最高裁判所が下した2件の判決は、同政権が葛藤の頂点に君臨していることを物語っている。帝国主義下の日本によって徴用された人々の補償に関する判決と、いわゆる「宗教的」な理由による兵役免除の判決は、韓国社会を根こそぎひっくり返している。「偽のニュース」規制も、新たな葛藤の火種となっている。

 50年以上にわたって私は、韓国社会の多くの葛藤と分裂をこの目で見て経験し、取材してきた。しかし、このように社会のほとんど全ての価値感がまるで瓶をひっくり返したかのように変化するのは初めてだ。世の中がここまで急激に分裂するのを初めて目にした。過ちを正していくのが発展への道だ。しかし、ある団体の自称「改革者」という者たちがやって来て、何らの検証過程もなしに過去を「積弊」と規定。国の基本フレームを揺さぶりにかかるのが発展であるわけがない。過去暗黒の軍部独裁時代にも、批判に対する物理的な圧迫は存在していたものの、現在のように韓国社会がここまで二極化へと進んだのを感じたのは初めてのことだ。

 米国のトランプ大統領は、米国を二つに割ってその一方に立ち、毎日もう一方を苦しめながら「喜んでいる」人だ。米国の知識人は、歴史上分裂と対立でここまで米国を二極化してしまった大統領を見た試しがない、と嘆いている。葛藤と対立が世界的に流行しているとでもいうのか。

 大統領が多様性を容認せず、全ての国民を一列に並べる国は危険だ。しかし、極限の対立、葛藤と呪いは、多様性とは異なる。今韓国が経験している葛藤は、単純な意見の食い違いや正しいか正しくないかの問題や、支持するかしないかの次元とはわけが違う。この国の葛藤には相手を容認しない独善、経験のない無知と無能、過去に対する復讐(ふくしゅう)、そして権力への執着が複合的に絡み合っているようだ。

 大統領の役目は、葛藤と対立を衝突に導くのではなく、互いに歩み寄らせて調整することにある。ところが現在の対立構造の一方に、大統領がまるで座長のようにあぐらをかいて座っている。大統領は「キャンドル」について話し、積弊清算を強調し、過去の「過ち」を修正するよう命令している。

 文大統領は、自分の国政の優先順位が「平和」にあって、その平和のために北朝鮮を支援しようと言う。そのためには、何よりも韓国国民の賛同が必須で、韓国社会を団結と疎通へと導かなければならない。にもかかわらず、文大統領は北朝鮮に向けて全てを投入しながら、全ての場面で大韓民国の社会が二つに分裂しようとしているのをただただ傍観しているだけだ。北朝鮮を支援しようとすれば、韓国の経済力が豊かでなければならないが、韓国経済は国民の葛藤の中で支離滅裂と化している。自分の国政目標を自ら崩壊させているのだ。

 ドゴールは「愛国者は自分の国民に対する愛を優先するのに対して、民族主義者は外国人に対する憎しみを先立たせる」と言った。文大統領とその支援者たちは愛国者なのか、それとも民族主義者なのか。大韓民国の国民に対する愛が重要なのか、それとも米国や日本に対する憎しみが先なのか。文大統領が民族主義者かどうかは分からないが、愛国者であることを願ってやまない。

金大中(キム・デジュン)顧問

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