▲スポーツ部=イ・スンフン記者

 カナダのバンクーバーで開催された国際スケート連盟(ISU)フィギュアスケート・グランプリ(GP)ファイナルを現場取材し、最も印象深かった場面の1つは、男子シングルで銀メダルを取った宇野昌磨(日本)が試合や練習の前にリンクの片隅でトレーナーとバスケットボールを楽しんでいる姿だった。日本人記者は「国際大会のたびに日本スケート連盟がトレーナーを派遣し、選手のケアをする。凝り固まった筋肉をほぐすのはもちろん、心理的なケアまでトレーナーが多くの部分を担う」と語った。

 一方、韓国の車俊煥(チャ・ジュンファン)とキム・イェリムは同大会にコーチを1人ずつ帯同しただけだった。種目の特性上、けがの管理が重要なのにもかかわらず、練習後1人でアイシングをして、体調を回復させる。大韓スケート競技連盟(以下、大韓スケート連盟)が2選手に対して支援したのは航空代と宿泊費だけだった。

 世界選手権と並ぶ最も大きな大会のGPファイナルに韓国人選手が2人以上出場したのは今回が初めてだった。それなのに、大韓スケート連盟関係者は1人も会場に来ていなかった。開幕に先立つ6日に行われたチームリーダー・ミーティング(代表者会議)の時も同じだった。現地の交通事情や医療スタッフ・ドーピングといった大会関連情報を知らせる場だったが、誰も韓国の2選手のフォローをしなかった。

 大会期間中、会場の一部にはVIPラウンジが設けられた。ISUや各国のスケート連盟、スポンサー関係者が自由に会えるこのラウンジでは、米国・ロシア・日本など主要国の関係者が絶えず行き来し、会話を交わしていた。だが、そこにも韓国の関係者はなかった。韓国のフィギュア関係者は「フィギュアは人のネットワークが重要なのに、韓国は絶好の『スポーツ外交』の機会を自ら蹴ったようなものだ」と語った。

 車俊煥はGPファイナルで韓国男子史上初のメダル(銅)という新たな歴史を作った。韓国の女子選手としては「フィギュア女王」キム・ヨナ以来13年ぶりにジュニア女子シングルに出場したキム・イェリムも、5人のロシア選手の中でひるまずに見事な滑走を披露した。キム・ヨナが登場して「フィギュアの不毛の地」に種をまいて以降、多くの若い選手たちが韓国フィギュア界のすそ野を広げている。

 だが、そこまでだった。体系的な選手管理やスポーツ外交は今も夢のまた夢だ。現在の大韓スケート連盟は、スポンサーのサムスンが手を引いてしまった上、今年9月には大韓体育会から管理団体に指定され、「植物状態」に陥っている。

 あるフィギュア指導者は「フィギュア選手に対する支援はもともとほとんどなかった。平昌冬季五輪という『祭り』があったからしばらく忘れていただけで、以前と同じ状態に戻っただけ」と話した。車俊煥とキム・イェリムの孤軍奮闘を誇りに思う一方で、申し訳なく感じられたのは、こうしたことが理由だろう。

スポーツ部=イ・スンフン記者

ホーム TOP