【萬物相】大韓民国歴史博物館にない「負の歴史」

【萬物相】大韓民国歴史博物館にない「負の歴史」

 通勤に利用するバスが光化門に近付くと、こんな案内放送が流れる。「こんにちは。大韓民国歴史博物館です。国民の汗と涙によって成し遂げられた経済発展と民主化の歴史をありのまま今に伝える博物館、光化門の大韓民国歴史博物館においでください」。つい1カ月前まではただ放送を聞き流していたが、最近は気まずい思いをするようになった。何かが抜けているように感じるからだ。

 大韓民国歴史博物館は2012年に開設された。戦争で廃虚と化しながら、今日の成功を成し遂げた韓国の足跡を振り返り、国民の愛国心を高め、将来の発展に向けた原動力にしよう」という趣旨だ。1968年に京釜高速道路が建設されたときのパンフレット、82年に韓国で初めて自動車の純国産化に成功した現代ポニー、2002年にサムスン電子が発売した小型携帯電話…展示室にはこの60年余りの間に韓国が成し遂げた成功の歴史を示す証拠物であふれている。しかしこれが韓国の全てだろうか。

 旅客船「セウォル号」沈没事故であらわになった韓国社会の姿は、光化門の歴史博物館にない韓国のもう一つの顔だ。韓国の負の遺産としては、経済発展が生んだ不平等や独裁政権などがよく語られるが、韓国史にはそれよりさらに深刻な負の遺産がある。成長至上主義が生んだ、生命や安全を軽視する風潮だ。物質崇拝によって人間らしい生活をないがしろにした。その結果、臥牛マンション崩壊、西海(黄海)フェリー沈没、聖水大橋崩落、三豊百貨店倒壊、大邱地下鉄放火事件、シーランド火災といった惨事が相次いだ。このような惨事についての記録は歴史博物館にはない。

 ドイツのエシェデでは1998年、101人が死亡する高速鉄道事故が発生した。犠牲者を追悼するウェブサイトには、「絶対に忘れない」という誓いの言葉が書かれている。ウクライナの首都キエフにはチェルノブイリ博物館がある。1986年にチェルノブイリ原子力発電所で発生した放射能漏れ事故を忘れないために建てられた。子どもたちが愛用していた人形を集めた部屋は、見る者の心を打つ。1995年の大地震で6400人が命を落とした神戸市は「人と防災未来センター」を開設し、当時の状況や当局の対応を後世に伝え、大災害に対する警戒心を呼び覚まそうとしている。

 過度に自らを卑下することがよくないのと同じように、過度に自己陶酔に浸るのもよくない。韓国は経済発展や民主化という誇るべきものが多いが、改善すべきことも多い国だということを、今や謙虚に認めるべきだ。「国家の改造」であれ、「60年にわたる弊害の清算」であれ、われわれは自らを鏡に映すように振り返るところから始めなくてはならない。そのためには、セウォル号惨事をはじめとする数々の災難を、消すことのできない韓国史の1ページとして歴史博物館できちんと紹介する必要がある。

金泰翼(キム・テイク)論説委員
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