慰安婦:吉田証言の「作り話」、25年前に韓国で暴露済み

済州島の住民の証言で「本を売るための作り話」が明らかに
河野談話の根拠にはならず

 日本の与党・自民党や閣僚たちは、朝日新聞が1982年9月に掲載した吉田清治氏(故人)へのインタビュー記事を取り消したことで、「河野談話」の根拠が崩れたと主張している。吉田氏は自らの体験を基にしたとして、1977年に『朝鮮人慰安婦と日本人』、83年に『私の戦争犯罪』という本を出版した。

 だが日本政府は、慰安婦の強制動員を認め謝罪した河野談話(1993年8月)を作成する過程で、吉田氏の証言は参考にしなかったという。

 河野談話を発表することになった決定的なきっかけは、朝日新聞が91年1月、旧日本軍が慰安所の設置や慰安婦の動員に直接・間接的に関与していたことを証明する日本政府の内部文書を公開したことだった。政府の文書が出てきたことで、慰安婦問題をこれ以上否定することはできなくなった。同年8月、元慰安婦の金学順(キム・ハクスン)さん(故人)が初めて公の場で証言したのを皮切りに、韓国はもとより東南アジアでも被害者の証言が相次いだ。

 「吉田証言」が虚構であることは、河野談話が発表されるよりも前に、韓国で暴露されていた。済州島の地元新聞は89年、吉田氏が本の中で「女性たちを(慰安婦として)狩り出した」と言及した地域の住民の証言を基に「吉田氏が金もうけのため、でたらめな内容の手記を出版した」と批判した。

 日本の政治家たちは、国連や米国で慰安婦問題が提起されたことについても、朝日新聞の吉田氏へのインタビューのせいだという主張を繰り広げている。国連は旧日本軍の慰安婦強制動員を取り上げた96年の報告書で吉田氏の証言に言及したが、同証言について「信ぴょう性をめぐって論争がある」という点も指摘している。

東京=車学峰(チャ・ハクポン)特派員
<記事、写真、画像の無断転載を禁じます。 Copyright (c) Chosunonline.com>
関連ニュース
あわせて読みたい