ここ数年で、韓国の旅行客の間で最高の「ヒーリング旅行先」に浮上した場所がある。インドシナ半島にある国、ラオスだ。「貧しいけれど平和が宿るその国で、幸せの本当の意味を悟った」「何もしない、ぽっかり空いた時間を過ごし、忘れていた自分自身を取り戻せた」というような、感動のこもった旅行記があふれている。
最近訪問してみたところ、果たしてそこは平和な国だった。首都ビエンチャンの繁華街ですら、人々の表情には忙しさの気配はほとんどなく、切実な欲望でぎらついた目もほとんど見当たらなかった。毎朝、僧侶たちが托鉢(たくはつ)の行列を作り、その列の前で食べ物や生活必需品を喜捨する市民の表情は、温和で敬虔(けいけん)なものだった。
しかし、その「平和」の裏には、長年の停滞と立ち遅れが隠れていた。首都ビエンチャンの中心街にある小学校の施設は、1970年代の韓国を見るかのようだった。国立博物館や国立図書館は、韓国の面(市・郡の下に置かれるている行政区分)レベルの施設にも及ばないように見えるほど劣悪だった。ラオスは「協賛国家」と呼んでも差し支えないほどに、多くのものを他国に依存して生きてきた。フランスの植民地だったラオスは、第2次世界大戦を経て独立した後、米国の援助を受けた。ラオスの商店で売っている工業生産品のほとんどはタイ製の輸入品で、タイの経済的影響力があまりにも大きいため、ビエンチャン全域でタイの通貨「バーツ」が使える。一方、ラオスの通貨「キープ」は、国境を越えると紙切れになる。