【萬物相】金氏王朝の宮廷残酷史

【萬物相】金氏王朝の宮廷残酷史

 故・金正日(キム・ジョンイル)総書記の長男で、これまで長い間海外を放浪してきた金正男(キム・ジョンナム)氏が13日、マレーシアのクアラルンプール空港で殺害された。腹違いの弟である金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長が送った女性工作員の犯行とみられている。金正男氏の暗殺は2012年から準備されてきたようだが、韓国の情報機関・国家情報院は今回の暗殺を「スタンディングオーダー」と呼んでいる。これは取りやめの指示がない限り、成功するまで有効な命令のことだ。

 共産主義国ではたびたび粛正が行われてきたが、これは権力者による政敵の除去だけではなく、体制そのものを維持する意味合いもある。これを最も執拗(しつよう)にかつ残酷な形で行ってきたのがまさに北朝鮮の金氏王朝だ。まず1代目の故・金日成(キム・イルソン)主席は1950-60年代に南労党派(南朝鮮労働党の流れをくむグループ)、延安派(中国・延安を拠点に活動していたグループ)、ソ連派(旧ソ連の国籍を持つグループ)などの政敵はもちろん、自らの親衛隊でもあった甲山派(戦前から北朝鮮で活動していたグループ)に至るまで、かつての同志を次々と処刑し、彼らの血の上に自らの独裁体制を築き上げていった。

 この残酷な遺伝子は1970年代から権力を持ち始めた故・金正日(キム・ジョンイル)総書記にも受け継がれた。ちなみにこの頃、金日成主席は「私も金正日の指示を受けて動いている」と語ったことがあるそうだが、そのあつい信頼を盾に、金正日総書記は王朝内部の粛正を進めていった。まず継母である金聖愛(キム・ソンエ)氏とその息子で腹違いの弟である金平一(キム・ピョンイル)氏を権力の座から引きずり下ろし、叔父の金英柱(キム・ヨンジュ)氏を地方に追放した。当時、旧東ドイツに追いやられた金平一氏はその後ずっと東ヨーロッパ各国の大使を歴任し、現在もチェコ大使を務めている。一昨年一度平壌に戻ったそうだが、これは36年ぶりだったという。金平一氏の姉や弟も北朝鮮に居続けることはできなかった。

チェ・ジェヒョク論説委員
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