金正男殺害:息子ハンソル氏の留学生活、張氏処刑後に激変

張成沢氏処刑当時はパリ政治学院に留学
全ての交友関係断ち切り、常にフランス警察の警護下に

金正男殺害:息子ハンソル氏の留学生活、張氏処刑後に激変

 15日午後(現地時間)、フランス・パリにあるパリ政治学院(通称シアンスポ)前。正門に立っていた屈強なガードマンが写真撮影は禁止だとして取材陣を制止した。マレーシアで13日に殺害された北朝鮮の金正男(キム・ジョンナム)氏の息子、キム・ハンソル氏は13年秋に同学院に入学し、昨夏に学士課程を終えた。

 キャンパスに出入りする学生たちに「キム・ハンソルを知っているか」と尋ねても「聞いたこともない」というそっけない反応が返ってくるだけだった。ある韓国人留学生は「オランド仏大統領など有力な政治家を多数輩出した学校であり、現在も未来の政治家が多数在学しているため、キム・ハンソルの話には関わりたくないというムードだ」と話した。

 現地の消息筋や留学生らの話を総合すると、ハンソル氏の留学生活は13年12月を境に一変した。北朝鮮ナンバー2だった張成沢(チャン・ソンテク)元国防副委員長が粛清された時期だ。13年秋に入学したハンソル氏は、前半の2年間はフランス北西部のル・アールブにあるサテライトキャンパスで学んだ。欧州やアジアの政治・社会・経済を中心に勉強しており、友人たちと気さくに付き合い、寄宿舎でのパーティーなどにも参加していたという。

 しかし、張成沢氏の粛清後、ハンソル氏は周囲との交友関係をほぼ断ち切った。フランスの現地メディアによると、寄宿舎の郵便受けに貼ってあった「Kim Han Sol」という名前もこの時期にはがされた。通学の際にはフランス現地警察がぴたりと警護していたという。学院関係者は「パトカーで寄宿舎とキャンパスを往復し、警察官がほぼ毎日、教室の前まで同行するという生活だった」と話した。

 学生たちもハンソル氏を見掛けることはなくなった。同じ時期に在学していたというある卒業生は「キャンパスに通っているという話は頻繁に耳にしたが、実際に見掛けたという人はいなかった」と話した。現地では、ハンソル氏ができる限り人目につかないように通学し、卒業に必要な最低限の授業だけ履修していたと推測している。

 現地の消息筋によると、ハンソル氏は16年夏に3年間の学士課程を終えて卒業し、家族のいるマカオに戻ったという。ある消息筋は「大学院に進学することもできたが、急に帰国したことを考えると、当時の政治的状況が深刻だったため帰ったのではないか」との見方を示した。

パリ= 崔燕真(チェ・ヨンジン)特派員
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