【コラム】韓国大統領の「悲運」は朴槿恵で終わるのか

 果たしてそうなのか。「誤り」を正すことを「民主」と誇るのではなく、そもそも「誤り」がどこに由来するのか、なぜ「誤り」が生まれ、そして繰り返されるのかを省察すべきだ。なぜ歴代の大統領が悲運と不運と失望と呪詛(じゅそ)の対象になる状況が続くのか-についての、根本的アプローチをすべきだ。今、新たな大統領を選ぶとしても、過去と現在に照らして未来を語るならば、その大統領もまた悲運の結末から逃れられないかもしれない。自分たち自身を果敢に変えないかぎり、こんにちの政治的停滞と権力的独善はなくならない。

 韓国人は今、大変な逆境に直面している。国民の心をつかむ指導者がいない。国民を「親」と「反」に分かつ分裂主義者がいるだけだ。国民の前で自制と成熟を論じ、国民の「格」を論ずる政治家の姿は見られず、付和雷同する機会主義者ばかりが目に留まる。ちょうど、大統領が皆そうであったように、群立する各候補は、悲運の歴代大統領がかかった「大統領病」にかかる確率が高い。

 「制度」も寿命が尽きた。ある憲法裁判官が補充説明で言及したように、韓国の問題は「大統領」にのみあるわけではなく、「大統領制度」にも存在するということを認識するアプローチが切に必要な時期がきている。

 韓国国民も、極端主義に押し流されている。安全保障と外交の難局にあるにもかかわらず、国民的な合意は期待し難い。多数のためにこらえ、後押しするという成熟した姿勢も見られない。いい時は肝でも渡してやりそうなくらいなのに、悪い時は殺さんばかりに飛び掛かる、心理調節不能の状態がはびこっている。退陣する大統領に向かって拘束しろと叫び、退任する憲法裁判官に向かって「後で見ていろ」と脅す大衆の怒りに、戦慄(せんりつ)すら覚える。韓国人には「一歩引く」というものがない。

金大中(キム・デジュン)顧問
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