【社説】韓国政府はなぜ「内乱陰謀事件」を3カ月放置したのか

 国軍機務司令部(韓国軍の情報部隊)の「戒厳検討文書」騒動を見ると、おかしなところは一つや二つではない。もともとの同文書自体を見てみると、弾劾賛成のろうそくデモ隊だけでなく、弾劾反対の太極旗デモ隊による暴動や、これを警察力が防ぎ得なくなる極端な治安悪化の状況について対処を検討するという内容だ。国が倒れる状況を想定して備える検討すらできないのなら、軍は必要ない存在だろう。実際にはそうした最悪の状況はなく、検討文書は書類のみで終わった。

 文書は今年3月、国防部(省に相当)の宋永武(ソン・ヨンム)長官に報告された。宋長官は捜査の必要なしと判断したという。ほどなくして文書は大統領府にも報告されたといい、大統領府も何ら措置を取らなかった。ところが3カ月がたった7月10日、突如として特別に捜査の指示を下し、与党は内乱陰謀事件だと主張した。内乱陰謀事件を摘発したのなら、なぜ3カ月間放置していたのか。大統領府が報告を受けた時期が重要になってくると、大統領府は「包丁で豆腐を切るようにはっきり断言するのは困難」と言葉を濁している。あきれたことだ。

 この文書は、ろうそくデモ隊と太極旗デモ隊の対立が先鋭化していた昨年2月、国防部の公式会議の席で検討を決めて作成された。世の中に、公の会議で内乱の陰謀をやる例などあるのか。文書は秘密でもない平文に分類され、保管されていたものだが、内乱陰謀計画を取り除くことなく保管する例などあるのか。故に、後になって持ち上がった戒厳文書騒動は、何らかの理由で引き起こされたのではないかと疑わずにはおれない。

 この騒動を見ていると、現政権発足当初に繰り広げられた「THAAD(高高度防衛ミサイル)報告漏れ」騒動を思い出す。既にテレビニュースで公開されたTHAAD搬入の事実を大統領府だけが知らず、何か大きな綱紀の乱れがあったかのような騒動が繰り広げられた。後から見ると、報告がされなかったとは言えそうにもなかった。大統領の指示なので、戒厳文書の捜査では内乱陰謀があったかのような結果が出るのだろうが、実体を変えることはできない。韓国政府が「内乱陰謀」をなぜ3カ月も放置していたのか、そこからまず明らかにすべきだろう。

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