【寄稿】日本で神になった剣、七支刀

 日本の石上神宮には、百済王が倭王に贈った七支刀が保管されている。随分前、この神宮を訪れたことがある。神宮の宮司と会い、七支刀を韓国で展示する件についてそれとなく切り出した。すると宮司は大声で笑いながら、自分たちの神宮では、七支刀は神として祭っている、と言った。一言で言えば、神を借りたいという話で、それはできないという意味だった。

 七支刀は、七つの枝が付いた剣だ。なぜこんな剣を作ったのだろうか。日本の記録によると、百済の使臣が七支刀と七子鏡を倭王に贈り「行くのに7日かかる鉱山の鉄で作った」と語った。この記録では七支刀、七子鏡、7日と、「7」が3回繰り返される。高句麗でも、朱蒙が息子の瑠璃に探させるため剣を隠しておいた場所が七嶺、七谷、七稜だった。

 もともと数字の7は、古代陰陽論では陽気が最も強い数字だ。これが3回繰り返されるというのは、極めて強い陽気を象徴している。それで全ての敵を退けることができ、いかなるよこしまな気運も防ぐことができるという意を込めている。七支刀の刀身に金象眼で刻まれた「この剣を帯びれば白兵を退けることができる」(訳注:原文ママ)というのがそれだ。7は、古代の天文学で北斗七星を表す。中国では、北斗七星が宇宙の中心で万物の運行をつかさどっていると考えた。それで、剣に北斗七星を刻み、その呪術性を強調することもあった。

 七支刀の刀身に刻まれた銘文は、百済王が倭王に伝えた、実に練り上げられた外交文書だ。百済王は、その文中で文化的なプライドをはっきりと表した。「先世以来このような武器はなく(中略)後世に伝え示すべし」。実際、こうした独創的な武器は空前絶後だ。あのようなデザインがない状態から、深い思想を込めて七つの枝を持つ形のユニークな剣を考え出した、百済人の創造性は大変なものだ。後世に伝え示せという百済人の思いをかみしめ、その伝統ある文化的創造性を思い起こしつつ、現在の韓国人が作っていっている「現代版七支刀」とは何であるかを考えてみた。

李乃沃(イ・ネウク)=美術史学者、『眼目の成長』著者

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