野球:韓国球史に残る右横手投げ、元ヤクルト林昌勇が引退表明

野球:韓国球史に残る右横手投げ、元ヤクルト林昌勇が引退表明

 どこで曲がるか分からない軌跡を描く「蛇直球」を投げ、「昌勇(チャンヨン)不敗」というたった四文字の修飾語で君臨した男がマウンドを降りることになった。

 サイドスロー投手・林昌勇(イム・チャンヨン、42)=写真=が11日、エージェント会社「スポーツ・インテリジェンス・グループ」を通じ、「24年間のプロ野球選手生活を終えて引退することを決めた」と明らかにした。林昌勇は「すっきりした気分だが寂しい気もする。関心を持ったり、応援してくださったりしたファンの皆さんに申し訳なさを感じると同時に感謝している」と語った。

 林昌勇は韓国野球史に残る右腕のサイドスロー投手だ。光州市の真興高校を卒業、1995年に当時のヘテ・ターガース=現:起亜ターガース=に入団し、97年にリリーフに転向、数々の記録を作った。昨年まで韓国プロ野球(KBO)だけで公式戦760試合に登板、130勝86敗258セーブ(防御率3.45)を記録した。日本プロ野球(2008-12年・238試合)と米大リーグ(13年・6試合)でもプレーし、プロ通算1004試合に登板した。毎日試合に出場することが可能な野手に比べ、投手の1000試合出場は非常に難しい記録だ。毎年50試合ずつ登板し、20年はプレーし続けなければ達成不可能だからだ。

 林昌勇は満40歳になった16年、古巣の起亜に戻り、3シーズンで122試合に登板した。全盛期時の球速150キロメートル台という速球ではなかったが、韓国プロ野球では十分通用する球威だった。

 昨年は先発とリリーフの両方をこなして37試合(86と3分の1イニング)を投げたが、シーズン終了と共に放出され、「現役最高齢投手」に声をかける球団もなかった。エージェント会社関係者は「メキシコやオーストラリアのリーグなどからオファーがあったが、林昌勇は韓国でプレーしたいという意志が強くて断った」と話す。林昌勇は今年1月に沖縄で自主トレするなど現役継続の意志を見せたが、とうとうマウンドを去ることになった。

 林昌勇は引退式などをする希望はないが、故郷・光州のファンに何らかの方法でお別れをする予定だという。24年間のプロ野球選手生活にピリオドを打った林昌勇は「これからは選手としてではなく、別の方法で韓国野球の発展に貢献したい」との意向を示した。

イ・スンフン記者
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