グルメが火を付けた日本の新韓流 中心は10~20代の若者

【東京聯合ニュース】「韓国料理は体に合うものが多く、東洋の陰陽五行説にも合っていると思います」――。

 今月11日、東京・新宿の新大久保で料理研究家の趙善玉(チョ・ソンオク)氏が運営する「趙善玉料理研究院」。受講生の流石皇甫さんが、受講生仲間の主婦に自ら発見した醤(ジャン=韓国伝統のコチュジャンや味噌、醤油などの総称)作りの秘法を教えていた。

 機械エンジニアを定年退職したという流石さんは、8年前から韓国の食べ物に関心を持つようになった。8年前と言えば、テレビドラマから火が付いた日本の韓流ブームがK―POPや韓国料理に広がり最高潮に達していた2010年代初めだ。コリアンタウンとして知られる新大久保に韓国料理店が急増したのもこの頃とされる。

 新大久保で有名な韓国料理専門店「テーハンミング」を経営する朴賢子(パク・ヒョンジャ)さんは、サッカー・ワールドカップ(W杯)韓日大会が開催された02年に同店をオープンした。「当時は近くに韓国料理店が2店しかなく、料理の値段も今の2~3倍高かった」と振り返る。08~09年ごろの「第2次韓流ブーム」に乗り韓国料理店が一気に増え、11年には韓流が「さらに花開いた」という。

 ところが、12年に当時の李明博(イ・ミョンバク)韓国大統領が独島を訪問し、過去の歴史に対する謝罪を日本の天皇に求めたことを機に日本国内で嫌韓・反韓世論が高まり、10年ほど続いた韓流ブームは急激に冷めた。

 朴さんによると、新大久保ではこのとき、嫌韓デモの影響で潮が引くように客がいなくなった。有名店も閉店し、朴さんの店も1カ月に500万ウォン(現在のレートで約46万円)以上の赤字が出た。周囲で自殺した人が出たほか、離婚した人も多かったという。

 朴さんは12年から料理教室を開いて日本人に韓国料理を教えている。嫌韓ムードが強まった時期に客がいなくて暇だったことから、料理を専門に学んだ。

 そんな新大久保のコリアンタウンは最近、新たな「第3次韓流ブーム」のおかげで景気が急回復しているという。以前は40~50代が多く訪れていたが、今は10~20代が多い。食べ物もかつては高価な料理が人気だったが、今は10~20代が好む、立ち食いできるようなものがはやっている。

 今、新大久保で一番人気の韓国フードは鶏肉と野菜を甘辛い味つけで炒めたタッカルビにチーズをトッピングしたチーズタッカルビと、伸びるチーズが特徴のチーズホットドッグだ。韓国料理教室も最近は受講希望者が多く、抽選で受講者を選んでいると朴さんは話している。

 20年にわたり日本で韓国伝統の醤文化を教えている趙善玉料理研究院の趙院長も、再び盛り上がる韓流ブームに乗ってコリアンタウンを訪れる人が急に増えたと語る。「韓国の歴史や文化に関心のある人のうち、グルメを楽しむことに落ち着く人が多いですね。おいしい物を食べながら文化を共有するでしょう。そんな人たちは韓国人のことがとても好きです」。

 日本人の韓国料理への関心はドラマやK―POPといった大衆文化への関心から派生したものだが、韓国料理が逆に、ほかの韓国文化に心酔させる強力な媒介になっていると趙院長は考えている。

 趙院長の教え子、流石さんも韓国フードを好む日本の若者が増えていることについて、「食べ物を通して文化に近づくことができる」と歓迎する。

 趙院長は、韓国料理の普及には韓国政府の支援に加え「現地化」の努力が必要だと強調する。韓国料理文化を世界に広げるには現地の人々の考えが重要だとし、日本人の口に合うよう料理のレシピを手直しすることもあると語った。

 朴賢子さんも同じような考えを持っている。「韓国料理は食べ終わった後が美しくないでしょう。カニ料理や参鶏湯(鶏肉入りスープ料理)は骨や殻を口から出さなくてはいけないので、日本人は嫌がります。味は100パーセント韓国料理でも、見た目は現地の文化を取り入れ、よりスマートにしようとする努力が必要です」

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