日帝より先に朝鮮を属国にしようとした清

日帝より先に朝鮮を属国にしようとした清

【新刊】イ・ヤンジャ著『監国大臣袁世凱』(ハンウル社)

 壬午(じんご)軍乱(1882)と甲申政変(1884)を契機として朝鮮にやって来た袁世凱(1859-1916)は、1885年から94年まで監国大臣としてこの地にとどまる間、ありとあらゆる干渉をほしいままに行い、国権を侵奪した。著者は、その実相を伝えるだけにとどまらず、それが持つ歴史的意味を掘り下げている。こんにち大部分の韓国人は、朝鮮の亡国と自主的近代化の挫折を日帝の朝鮮強占のせいだと感じているが、実は袁世凱による国権じゅうりんの方が大きな害悪を及ぼした-と著者は主張する。

 袁世凱登場の背景には、清の対朝鮮政策の変化があった。清は建国以来、朝鮮の宗主国たることを自任はしても、袁世凱派遣以前は事大を要求するだけだった。しかし西洋の帝国主義秩序が東洋に押し寄せるや、清は自分たちが強要された秩序を朝鮮にも適用し、実質的な属国化を推進した。特に、朝鮮を経済的に従属させるため朝鮮政府の借款交渉を妨害し、外交官の派遣を封じ込めた。

 著者はしかし、袁世凱を悪党とだけ描くことはしない。第三者の目で見ると、袁世凱は帝国主義の下手人として、自国のために能力を発揮した人材に近い。むしろ、高宗の無能と朝鮮政府の国際情勢に対する無知などの方が著しい。例を挙げると、袁世凱は米国・英国・フランスなどから借款を受けようとする朝鮮の試みを妨げるだけだったのではなく、代わりに清の資金を借りて使えと強要することで、朝鮮に対する影響力強化を企てた。こういうことになった裏には、放漫かつぜいたくな朝鮮王室の暮らしと、それに伴う借金財政という恥部が隠れていた。240ページ、2万8000ウォン(約2600円)

金泰勲(キム・テフン)記者
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