【萬物相】金正恩の「コロナ出口戦略」

【萬物相】金正恩の「コロナ出口戦略」

 1997年、金正日(キム・ジョンイル)が農業担当秘書の徐寛熙(ソ・グァンヒ)を公開処刑した。当時、数十万人が飢え死にしたのは「米帝の間諜(かんちょう)」として取り込まれた徐寛熙の壟断(ろうだん、利益を独占すること)のせいだと追及した。北朝鮮経済の運営失敗の責任を、全て徐寛熙にかぶせたのだ。彼がスパイだという証拠は「6・25の際の行状を再調査してみたらおかしい」という程度のものだった。にもかかわらず「米帝」「間諜」「反動」といった用語をぶちまけて住民を扇動した。その年、金正日の経済分野の視察は1件だけだった。

 2010年には、朴南基(パク・ナムギ)労働党計画財政部長が通貨改革失敗の主犯として追われ、銃殺された。当時、金正日は100ウォンを1ウォンに切り下げるデノミネーションを通して「トンジュ」(『金の主』の意。新興富裕層)たちの市中資金を奪おうとした。三代世襲を前に、チャンマダン(市場)を掌握している「市場勢力」の拡大を防ぐ必要もあった。ところが、未熟な「改革」は物価の暴騰と市場のまひをもたらした。怒った住民らが集団行動にまで乗り出したことを受け、徐寛熙のように朴南基をスケープゴートにしたのだ。

 そのころ、年に2000人を超える脱北民が韓国へ来ていた。2009年には3000人に迫った。脱北民が北へ送金するカネは市場の資本となった。年間3000ドル(約31万6000円)ありさえすれば北朝鮮では中産層以上だ。「私にも脱北した親類がいたらうれしい」という話まで出回っていたという。11年末に自身の政権を立てた金正恩(キム・ジョンウン)にとって、脱北民の取り締まりは体制の安定と直結する問題だった。中朝国境の警戒を強化し、処罰の水準を大幅に高めた。このところ金与正(キム・ヨジョン)が脱北民に罵倒を浴びせるのも、こういう流れからだ。

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