【コラム】 「抗美援朝を忘れない」と書き込んだ中国出身アイドル、韓国で活動したいのならもっと歴史を学ぶべき

「抗美援朝英雄に敬意を表する」…ソーシャルメディアに書き込んで物議

 実際のところ、これは韓国側の軍史で「狙撃稜線(りょうせん)の戦い」(1952年10月14日-11月25日)と「三角高地の戦い」(10月14日-11月5日)と呼ばれる二つの戦いをひとまとめにして称する用語だ。韓国軍の公式の立場は、二つの戦いはいずれも「国軍が勝った」というものだ。韓国軍は熾烈(しれつ)な戦闘の末、南側の稜線のA高地と岩の稜線を守り抜き、軍事境界線の設定において有利な地形を得ることができた。北側の稜線にあるY高地は中国軍が占領したままで戦いが終わったが、損失兵力は国軍4830人、中国軍1万4867人で、中国軍の損失は国軍の3倍以上だった。国軍の戦果をいかに低く見ても、敗戦と見なすことは決してできない。そういえば、ベトナムに武力侵攻して敗退した1979年の中越戦争についても、中国側は「敵の要地に打撃を与えて勝利した後、速やかに退却した」と言いつくろっている。

 上甘嶺の戦いは既に当時から、中国において「大勝利」と過剰包装されていた。大陸の各所から送られた数多くの手紙や慰問品が、中国軍の坑道要塞(ようさい)に殺到した。「困難を克服し、祖国と人民の勝利に奉献する意思」という「上甘嶺精神」が猛威を振るった。それから70年が過ぎた現在も、依然として抗美援朝・上甘嶺を唱えているのだ。

 ここでまた一つ注目すべき点は、計43日におよんだ戦闘中、米軍は最初の11日間だけ一部参加したにとどまり、残る32日間は二つの戦いどちらも国軍が戦闘任務を引き受けていたという事実だ。明らかに「韓国軍と中国軍の戦い」だったにもかかわらず、中国側は「米国と戦って勝った」と精神勝利に酔っているのだ。1956年に出た中国の古典的な宣伝扇動映画『上甘嶺』を見ると、どう見てもウイグル系中国人のような「米軍」が人海戦術を用いて高地に登ってきては、坑道要塞から機関銃を撃つ中国軍によって秋の落ち葉のように倒される。「侵略者」と戦ったと? 違う。侵略に立ち向かって抵抗したのは、わが地で戦った国軍だった。

■「世界の軍事力ランキング」韓国6位、北朝鮮25位、中国は?

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  • ▲f(x)のビクトリア(写真左)とEXOのレイ。韓国で芸能活動をしている中国人アイドルは最近、ソーシャルメディアに「抗美援朝70周年記念」などの書き込みをアップし、物議を醸している。

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