脱出を放棄して国民を守った…28歳韓国空軍パイロット、最後の出撃

戦闘機に故障が発生すると、山に向かって墜落
民家への被害を防いだ故シム・ジョンミン少領の犠牲

脱出を放棄して国民を守った…28歳韓国空軍パイロット、最後の出撃

 20代の青年パイロットは、最後の瞬間まで操縦かんを放さなかった。韓国空軍は13日、「京畿道華城市で起きたF5E戦闘機墜落事故で殉職した故シム・ジョンミン少領(少佐に相当。階級は追叙。1993年生まれ、空軍士官学校64期)は、民間人を保護しようとして非常脱出を試みなかったと判断される」と発表した。

【写真】故シム・ジョンミン少領の戦闘機が墜落した地点

 シム少領は今月11日午後1時43分ごろ、京畿道の水原空軍基地から離陸した。2基あるエンジンのどちらも火災の警告灯がつき、水原基地に向けて緊急旋回していたとき、操縦系統にも欠陥が発生した。機首が急激に下がっていった。シム少領は「エジェクション(脱出)」と2回叫び、非常脱出すると管制塔に知らせた。

 ブラックボックスを分析した結果、シム少領が脱出を宣言してから華城の山に墜落するまで、10秒ほどの余裕があった。しかし非常脱出装置のレバーを引く音は録音されていないことが分かった。代わりに、シム少領が最後まで操縦かんを握ったまま、せわしなく呼吸する状況が記録されていたという。

 韓国軍関係者は「十分に脱出できたにもかかわらず、最後まで民間人の被害を防ごうとして(脱出の)時期を逃したらしい」と語った。当時、戦闘機は上下方向の操縦が不可能で、左右方向の操縦のみができる状態だった。生死が懸かった数秒の間に、機首を山の方へ向けたのだ。

 墜落地点と近くの民家との距離は、わずか100メートルだった。周囲には400世帯が入居するマンション、高齢者施設、大学キャンパスをはじめ住宅や工場などが密集している。韓国空軍のあるパイロットは「その一瞬に、家族のことを思い浮かべ、本人も生きたかったはず」としつつ「それでも訓練されたパイロットの本能の通りに行動したようだ」と語った。

 文在寅(ムン・ジェイン)大統領はこの日、「故人の殺身成仁は『為国献身軍人本分』のシンボルとして、いつまでも韓国軍のかがみとなるだろう」と語った。ポール・ラカメラ在韓米軍司令官も「彼の犠牲は、どんな言葉でも表現し尽くすことはできない」と語った。

 韓国軍内部からは、殉職した青年将校の軍人精神に照らしてみると、このところ北朝鮮の挑発などで韓国国民の安全よりも北朝鮮の顔色の方を先に気にしてきた軍統帥権者や上層部の身の処し方は恥ずかしい、という自省が出た。文大統領は最近、北朝鮮の極超音速ミサイル挑発を巡って「大統領選挙を控えた時期に、北朝鮮が連続してミサイル試射を行ったことに対して懸念がある」と、大統領選挙を優先しているかのような発言を行った。韓国軍当局もまた、脅威を小さく見せようと必死な様子だった。韓国軍関係者は「シム少領の殉職を哀悼する資格がわれわれにあるのかと思う」と語った。

 シム少領は、将校11人を輩出した「兵役名門家」チェ・ウォンイルさん(甲種156期)一家の一員だ。空軍士官学校の生徒だったころから優れたサッカーの実力で同期や先輩、後輩の間で人気が高かった。同僚らは、故人について「受けた任務を黙々と遂行してきた愚直な軍人」と記憶している。

 2016年に空軍少尉として任官したシム少領は、生前「私はいつまでも戦闘パイロットとして生きていきたい」と語っていたという。その言葉の通り、本分を最後まで守って28年11カ月の生涯を終えた。来月2日は、故人の満29歳の誕生日だ。水原の殯(ひん)所(出棺まで棺を安置しておく場所)に駆け付けた友人、同僚らは、故人の遺影を見て号泣した。保守系最大野党「国民の力」の尹錫悦(ユン・ソクヨル)大統領候補は13日夜に殯所を弔問した。

 シム少領の告別式は14日午前9時から、所属部隊である韓国空軍第10戦闘飛行団において部隊葬形式で執り行われる。遺体は国立大田顕忠院に埋葬される予定だ。両親と妻を遺族として残した。2020年末に結婚したばかりの新婚だった。

ウォン・ソンウ記者

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