【萬物相】慰問の手紙

【萬物相】慰問の手紙

 「名前も顔も知らなくても/ありがたい私たちの国軍のおじさんに/心をこめて慰問の手紙を書き送ったら/ありがとうという返事を送ってきたよ」。韓国の児童文学家、姜小泉(カン・ソチョン)の童謡「慰問の手紙」には、前方部隊の軍人たちにみんなで手紙を書いていた1970年代の教室の風景が収められている。女子中学生、女子高校生の中には「今度は自分の写真も入れて送って」という2番の歌詞のように自分の写真を入れて送り、手紙をやりとりするようになって、後に結婚したという例もある。

 小学校以降書いたことのなかった慰問の手紙を、数年前に息子が入隊した後、再び書いた。訓練所のインターネットサイトにアクセスして文章を書き残す「インピョン」(インターネット+ピョンジ〈手紙〉)は、即日配達されるので便利だった。訓練所初日に眠れなかった経験をつづり、「軍隊の時計はすぐに進む」と慰めた。各個戦闘や行軍をつらくないようにする要領もほのめかした。長男に「愛してる」言おうと思っていながら、どうしても切り出せなかったが、不思議なことに手紙ではそれができた。

 韓国の慰問の手紙の歴史は日帝強占期まで遡る。総督府主導で小学生に書かせたのが始まりだという。それが、あれやこれやと続いて来て、インターネットと携帯電話の時代である現在もごく一部で残っているという。教育部(省に相当。以下同じ)や国防部とは関係のない、学校側の自主判断だという。外国にも慰問の手紙の文化がある。制服を着た人々をことのほか尊重する米国では、小学生・中学生が主に海外へ派兵された軍人に手紙を送る。

 ソウルのある女子高生が書いた慰問の手紙が原因で、ここ数日、ソーシャルメディア(会員制交流サイト)が沸き立っている。インターネット上で公開された手紙を読んでみると、青春の一時期を国のため犠牲にしている将兵へ送る文章としては不適切だった。いっそ手紙を送らない方がましだったろう。学校で「書け」と言って無理矢理書き送らせた慰問の手紙の中には、これよりもっと深刻な内容もあるという。

 その一方で、今の時代に慰問の手紙は時代錯誤ではないかという指摘も少なくない。一世代前であれば、韓国の男性にとって軍入隊は外部との断絶を意味した。手紙が主な連絡手段でもあった。70年代以前の軍隊生活は腹も減った。苦労そのものだった。こんな時代、慰問の手紙は軍人たちにとって小さな慰労となった。両親や友人、恋人と会うことはおろか連絡すらきちんと取れなかった時代に、幼い児童・生徒らが送ってきた手紙を読むと、後に残した故郷のことを思い出すこともあった-という。当時は児童・生徒らも心をこめて、ありがたい国軍のおじさんに手紙を書いた。だが世の中は変わった。軍隊でも携帯電話を使えるようになり、家族や友人と好きなように通話している。今や慰問の手紙ではなく慰問カカオトークの時代かと思う。

金泰勲(キム・テフン)論説委員

<記事、写真、画像の無断転載を禁じます。 Copyright (c) Chosunonline.com>
関連フォト
1 / 1

left

  • 【萬物相】慰問の手紙

right

関連ニュース
あわせて読みたい