かつて韓国統一部(省に相当)長官を務めた丁世鉉(チョン・セヒョン)氏は20日、北朝鮮・朝鮮労働党の金正恩(キム・ジョンウン)委員長による金正男(キム・ジョンナム)氏殺害について「権力というものを考えると、やむを得ない側面があると思う」と述べた。丁氏は金大中(キム・デジュン)・盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権で統一部長官を務め、現在は最大野党「共に民主党」の文在寅(ムン・ジェイン)前代表が今月14日に発足させた国政諮問団「10年の力委員会」の共同委員長を務めている。丁氏はネットメディア「オーマイTV」とのインタビューで「政治的に競争相手を除去することは、絶対権力を守ろうとする政治権力にとって不可避の動き」「たとえ兄弟であっても(殺害は)いくらでもできる」「政治という枠そのものから考えれば、あり得ることだ」などと自らの考えを語った。このように丁氏の発言は全体的に見て金正恩氏に一定の理解を示すものばかりだ。

 丁氏は今回の殺害事件を1973年に朴正煕(パク・チョンヒ)政権が金大中(キム・デジュン)氏を拉致・殺害しようとした事件、あるいは李承晩(イ・スンマン)政権で起こった金九(キム・グ)氏殺害事件と同じ次元のものと見なしている。確かに韓国においても40年前、あるいは60年前の独裁政権の時代に不幸な政治的事件があった。しかし民主主義や人権を踏みにじり、住民全体を本当に奴隷化する北朝鮮の金氏王朝と、その人間抹殺に対抗してきた大韓民国を同列に考えるのは到底許されないことだ。しかも丁氏は次の大統領選挙で当選が最も有力な文在寅氏のブレーンとなっている。これは国の将来にとって非常に危険であり、懸念すべきことだ。

 丁氏は金大中元大統領によって閣僚に抜てきされたが、その後は同じ人間とは思えないほど考え方が180度変わった。丁氏による当時の軽率かつ盲目的な太陽政策(北朝鮮に対する宥和〈ゆうわ〉政策)追従の言動は今から考えてもひどいもので、例えば2004年には「金正日(キム・ジョンイル)委員長は核兵器という無謀な選択をする人間ではない」と発言したが、それから2年後の06年に北朝鮮は最初の核実験を行った。また15年に北朝鮮が設置した木箱地雷で韓国軍の兵士二人が脚を失う重傷を負った時も「朴槿恵(パク・クンヘ)政権に対北朝鮮政策の見直しを促す一種の回し蹴りだ」「(北朝鮮による)逆発想の戦略」などと述べ、完全に北朝鮮を擁護していた。

 丁氏は先月も1994年の米朝ジュネーブ合意、また2005年の9・19共同声明について「米国が破棄した」と主張した。しかし実際この二つの合意は北朝鮮が核兵器開発の凍結とその検証を拒否したことで破棄されたものだ。前駐英北朝鮮公使で韓国に亡命したテ・ヨンホ氏の証言通り、北朝鮮は最初から核兵器を放棄する考えなどなかったため、これまでの対話は全てが北朝鮮にとって単なる欺瞞(ぎまん)戦術だった。ところが丁氏は今なお「北朝鮮は核兵器を放棄する考えがある」と信じている。これだけだまされ続けても北朝鮮の善意に対する丁氏の信頼は揺るがないようだ。丁氏は米国の最新鋭地上配備型迎撃システム「高高度防衛ミサイル(THAAD)」についても「北朝鮮のミサイル攻撃から大韓民国を守るものではなく、米国が自らの覇権を守るための単なる道具にすぎない」と主張している。

 文在寅氏の国政諮問団「10年の力委員会」の共同委員長という地位は、外交・安全保障政策について文氏に助言する立場にあるはずだ。ちなみに文氏は丁氏の今回の発言について「正確には聞いていないが、何か特別な意味があるとは考えていない」とコメントしている。その文氏は金正恩氏による今回の金正男氏殺害について「絶対に許されない人倫にもとる犯罪行為」と述べたが、丁氏の発言については特に問題視しないのだろうか。

 丁氏のような考えを持つタイプの人間は、韓国国内では相手を非常に激しく攻撃し非難するが、人間を人間扱いしない北朝鮮の暴力集団に対してはいかなる場合でも理解を示そうとする。しかも今やその当人が近く再び政権を握り、外交・安全保障政策を左右する可能性まで高まっている。そうなれば彼らは北朝鮮を擁護する自らの主張をこれまで以上に堂々と語るようになるだろう。

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