文在寅(ムン・ジェイン)大統領の米国訪問の中継番組を重々しい気分で見守った。国のトップが案件を巡り直接談判する「トップダウン(top-down)」方式というのは、もともとリスクの大きい外交手法だ。トランプ大統領は米国製武器の大量購入にだけ「サンキュー(thank you)」と回答し、開城工業団地、金鋼山観光の再開発問題については結局OKサインを送らなかった。「北朝鮮の立場を把握してほしい」として、大統領の手に握らされた米国からのメッセージが何であるかは分からないものの、今となっては1泊3日の強行スケジュールで挑んだ外交上の利益は、北朝鮮に対してもう一度「誠意」を表した程度にすぎなかったと思われる。

 大統領による外交が力を発揮するためには、一つになった国民の後押しがなければならない。大統領の支持率は40%前後だ。就任以降、最低だ。大統領が国民に背を向けた結果だ。北東アジアの3カ国のうち、内外で最も深刻な挑戦に直面しているのは韓国だ。経済成長率が世界第2位の中国の50%にも満たない。就職率は日本とは比べものにならない。日本の高卒、大卒後の就職率は100%だ。最低賃金の急激な引き上げ、週52時間勤務制の強要などで政府が企業を圧迫するのは、韓国以外に例がない。韓国自動車産業は勤労者に年平均で9000万ウォン(約880万円)を支払いながら、ドイツのフォルクスワーゲン(8303万ウォン=約810万円)や日本のトヨタ(8390万ウォン=約820万円)と競い合っている。いつまで耐え忍ぶことができるのだろうか。韓国では、労組との事前合意がなければ、勤労者の配置を転換することやストライキ時に代替勤労者を投入することができない。こんな国は、世界広しと言えども韓国くらいだろう。労組に暴力を振るわれたと通報しても警察が出動してくれない国は、韓国以外にあり得ない。国税庁や公正取引委員会、警察、検察、関税庁、労働部などの政府機関が、暇さえあればまるで狩りでも行うかのように企業を追い立て回すのは、やはり韓国だけだろう。

 さらに危なげな徴兆は、「大韓民国とは何なのか」「大韓民国の国民とは誰なのか」という国家と国民のアイデンティティーが揺らいでいることだ。基礎が揺らいでいるだけに、国家全体が揺さぶられてしまう。文大統領は、大韓民国の臨時政府樹立100周年記念式典での発言で「人口5000万人を突破し、国民所得が3万ドル(約330万円)を上回る『30-50クラブ』に属する7カ国のうち、第2次世界大戦後に誕生した新生独立国家は韓国だけ」とした上で「一部で大韓民国のあるがままの歴史を認めようとはせず、100年にわたった成果をけなそうとするのは、プライドを捨てる行為」と批判した。思わず耳を疑いたくなる話だ。

 大統領の発言の3日前に大統領直属の「三・一独立運動および大韓民国臨時政府樹立100周年記念事業推進委員会」は、政府の庁舍がある世宗路交差点のビルに10人の独立運動家の大型肖像画を掲げた。そして、上海臨時政府の初代大統領であるとともに大韓民国の初代大統領である故・李承晩(イ・スンマン)大統領の肖像画だけをこっそりと外した。毎年国民から5000億ウォン(約490億円)近い視聴料を半強制的に取り立てている国営テレビのKBSは「故・李承晩と故・金日成(キム・イルソン)は、米国とソ連が韓半島(朝鮮半島)を分割統治するために連れてきたかいらい(操り人形)」とし「故・李承晩元大統領を国立墓地から掘り出してしまうべきだ」との内容を放送した。功と過が共に存在するとは言うものの、これではチャーチルを除いて英国の歴史を、ドゴールを除いてフランスの歴史を、アデナウアーを除いてドイツの歴史を物語るのと何が異なるというのか。こうした主張をする人々も、故・金日成を除いて北朝鮮の歴史を書くとは言わないだろう。

 これは何も大統領の部下に限ったことではない。文大統領は、海軍士官学校の卒業式に参加し「元日本軍でない人々が作った海軍の歴史が大韓民国国軍の歴史」と発言した。朝鮮戦争の際に最も多くの命をささげた陸軍、そして空軍を大韓民国の垣根の外に追い出してしまったのだ。

 国家保勲処(日本の省庁に相当)は、朝鮮戦争当時に北朝鮮で長官を務め、「祖国解放戦争勲章」を受賞したキム・ウォンボンに大韓民国勲章を授与する作業を本格化している。キム・ウォンボンが登場する映画を見た文大統領が「独立有功者勲章を差し上げたい」という書き込みをしたのがきっかけだ。文大統領の真意を全て推し量るMBC放送は、200億ウォン(約19億円)を投じてキム・ウォンボンのドラマを作成し、来月4日から放送し始めるほか、KBSも今年の光復節(日本による植民地支配からの解放記念日)にキム・ウォンボンを主人公とする大河ドラマを制作するという。やがては国立墓地にキム・ウォンボンの墓が登場するかもしれない。

 文大統領は就任の辞で「統合」「共存」「パートナー(同伴者)」について言及した。ちょうど2年が過ぎた今、その言葉は影さえも見いだすことができなくなっている。「憎悪」「復讐(ふくしゅう)」「敵意」という単語が全国を飲み込んでいる。憎悪は子を生み、復讐は自分を先に崩壊へと追い込み、敵意は自分の心の中に毒をまき散らす。これでも押し寄せる津波の前に国家が無事であると言い切れるのか。

姜天錫(カン・チョンソク)論説顧問

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