韓国の情報機関、国家情報院が持つ共産スパイ関連の事件(対共事件)などに対する捜査権をなくす国家情報院法改正案が30日、国会情報委員会全体会議で可決された。保守系野党・国民の力所属の議員らは「わが国におけるスパイ捜査の能力が大きく低下し、また国家情報院による『経済かく乱行為』に関する情報収集は広範囲な民間人査察につながる」として採決をボイコットしたが、与党・共に民主党の議員らはこれらの法案を一方的に可決した。

 国会情報委員会がこの日可決した国家情報院法全部改正案は、国情院が持つ対共、国家保安法事件などに対する捜査権を警察に移管することを定めている。捜査権の移管は安全保障上の空白防止の観点から3年間の猶予期間が置かれることになった。その後、国家情報院は国家情報院法に違反する犯罪、内乱、外為罪、防諜(ぼうちょう)、対テロ、国際犯罪組織などに関する情報収集だけが可能になる。

 これまで国家情報院はスパイ事件などに対する捜査において中心的な役割を果たしてきた。国家情報院には秘密要員が所属しており、脱北者の管理も行っている。国家情報院が秘密要員や脱北者とは異なる複数のルートを通じて収拾した犯罪関連の情報や証拠は、スパイなどの対共捜査や起訴、裁判に用いられる。国家情報院としては捜査権を持つことを根拠に、海外で活動しているスパイなどの追跡や逮捕もやりやすい。対共事件や犯罪の情報を警察の保安捜査隊に伝え、これに基づいて警察が捜査を行うケースも多い。国家情報院と警察、起訴を担当する検察は一つの対共事件を捜査するため数年にわたり一体となって動いてきた。ところが国家情報院の対共捜査権が全て警察に移管されれば、第三国で活動するスパイなどへの捜査力がどうしても低下せざるを得ない。

 大検察庁(最高検に相当)の「2020検察年鑑」によると、国家保安法違反容疑による起訴件数は文在寅(ムン・ジェイン)政権発足からの3年間(2017-19)に16件あったが、これは16年の1年間だけの起訴件数(16件)と同じだ。国民の力の趙太庸(チョ・テヨン)議員は「文在寅政権が検挙したスパイはわずか2人だ。これまで国家情報院が築いてきた対共システムも一瞬にして崩壊してしまうだろう」と指摘した。

 国家情報院で対共捜査や情報収集を担当してきた人材に対する今後の処遇も問題として浮上しそうだ。国民の力のイ・チョルギュ議員は「国家情報院法改正は改悪だ」とした上で「国家情報院の人材は他の政府機関に異動させねばならないが、そんな措置は見当たらない」と主張した。現状から考えると、国家情報院で対共事件を担当する職員の一部は、現政権が発足に向け準備している国家捜査本部(既存の警察による捜査機能を担当)に異動する可能性が高い。保安当局の関係者は「職場を新たに移らねばならない国家情報院職員らの反発も根強く残るだろう」と予想した。

 「恐竜警察」に対する懸念もある。今回の改正案には国家情報院による国内での情報収集機能をなくすという内容も含まれている。警察が事実上、国内における唯一の情報収集機関になるわけだ。しかも警察は対共事件を含む捜査権まで持ち、国内での治安も担当する。国民の力の河泰慶(ハ・テギョン)議員は「朴鍾哲(パク・チョンチョル)拷問致死で悪名高い南営洞(ソウル市竜山区)対共分室を運営した第5共和国時代の治安本部保安局を復活させるようなものだ」と指摘した。これに対して共に民主党所属のチョン・ヘチョル情報委員長は「警察があまりにも大きな権限を持つとの懸念を払拭(ふっしょく)するため、警察法の改正案についても議論が行われている」と説明した。

 今回の改正案には、国家情報院が情報収集できる分野として「経済秩序かく乱」が新たに追加されたが、これも問題と指摘されている。この「経済秩序かく乱」という言葉が何を意味するかは明記されていない。これについて共に民主党の金炳基(キム・ビョンギ)議員は「内国人による経済秩序かく乱行為の意味を明確にするため、『海外連携』かく乱行為だけを情報収集可能にする条項を設けた」と説明した。しかし国民の力の河泰慶・議員は「不動産や株式など、国民の日常生活と関連する全国民、民間人への査察に悪用されかねない」「海外連携という言葉を加えたことに何の意味があるのか」と指摘した。「海外と密接に交流しながら経済活動を行う全ての国民に対する無差別査察が行われかねない」という意味に解釈されたのだ。国民の力の趙太庸・議員は「経済問題では企業関係者に対するデリケートな情報も収集されるかもしれない」との懸念を示した。

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