ベトナムで放送中だった全6話のネットフリックス・ドラマが、番組に登場する地図1枚のせいで放送中止されるという事件が起きた。この地図には、中国が一方的に主張している南シナ海の「南海九段線」が描かれており、これを見たベトナム国民が強く反発・抗議してドラマの放送中止を引き出した。今年3月に韓国でSBSドラマ『朝鮮退魔師』が中国風の小道具や衣装を使ったため論争になり、最終的に2話放送しただけで打ち切りになったのと同様の状況が、ベトナムでも起きたわけだ。

 ロイターなど外信が5日に伝えたところによると、6月にベトナムで始まったネットフリックス・ドラマ『パイン・ギャップ(Pine Gap)』の放送が突然中止された。同番組は、米国とオーストラリアの共同衛星監視施設を巡って起こる事件を描いた諜報(ちょうほう)ドラマだ。この番組に、中国が南シナ海の領有権を主張しようと恣意(しい)的に引いた海上境界線「九段線」が表示された地図が登場すると、ベトナムで強い反発が沸き起こった。ベトナムの放送当局は今月1日に声明を出し「ネットフリックスのドラマは全てのベトナム国民を憤らせ、心を傷つけた」とした。ベトナム側の抗議を受けたネットフリックスは、同ドラマのベトナム国内での放送を中止した。

 中国が主張する九段線に対するベトナム政府と国民の反発はますます堅固で強いものになっている。今年4月、グローバル・ファッション・ブランドH&Mが、ホームページの地図に九段線を表記してほしいという中国当局の要請を受け入れると、ベトナムでは全国的な不買運動が起こった。日本経済新聞によると、当時フェイスブックやツイッターなどソーシャルメディア(会員制交流サイト)には「H&Mはベトナムから出ていけ」「謝罪しようが、東南アジアの11の店舗を閉鎖せよ」というベトナムのネットユーザーの要求が殺到した。

 九段線は、1940年代に中国が南シナ海の周辺に沿ってU字型に描いた海上境界線だ。南シナ海は巨大なエネルギー資源を有しているだけでなく、世界の海上交易量の25%、原油輸送量の70%が通過する主要海上交通路でもあり、中国の「一帯一路」の核心となる地域だ。中国はここに人工島を作り、軍事施設を置いて南シナ海全体の90%を自国の領海だと主張している。これに対しベトナム・マレーシア・ブルネイ・フィリピンなど周辺諸国は大きく反発している。特にベトナムは、パラセル諸島(中国名:西沙諸島)とスプラトリー諸島(中国名:南沙諸島)の領有権を巡って中国と衝突してきた。

 九段線に対するベトナムの対応は、どの東南アジア諸国よりも断固としたものだ。2014年5月に中国政府が南シナ海の石油開発事業を強行し、深海掘削設備を設置すると、ベトナム政府は海軍の艦艇や沿岸警備の巡視船を動員して中国の船にぶつけ、強い対応を行った。当時ベトナム国民は大規模な反中デモを起こし、中国人労働者2人が死亡、およそ100人がけがをした。中国政府は自国の労働者およそ3000人に緊急の退避令を下した。

 ベトナムは最近、中国が巧みに経済および文化領域で自分たちの主張の盛り込まれたコンテンツを浸透させるのに対し、まるで「モグラたたき」をするかのようにことごとくたたきつぶす形で緻密な対応をしている。19年にホーチミン市のモーターショーにおいて、フォルクスワーゲンの展示車両でカーナビの地図に九段線が表示されたことから、ベトナムの関税当局はこの車を中国から輸入した業者に罰金を科し、営業停止処分を下した。同年、ドリームワークスと中国の制作会社「Pearl Studio」が共同制作したアニメーション作品『スノーベイビー』に九段線が登場すると、上映の全面取り消し処分を下したこともあった

 ベトナムは中国から漢字や儒教文化などの影響を受け、イデオロギー的にも同じ共産主義国だが、歴史的には感情の溝が深い。親中路線を取っていたカンボジアにベトナムが侵攻すると、中国はベトナムを攻撃し、1979年に両国間で戦争が起きて91年まで関係が断絶していた。

 南シナ海での領有権争いで両国間の武力衝突に再び火が付きかねない、という懸念も消えていない。実際、ベトナムは今年4月から南シナ海での影響力拡大に対応するため海上民兵隊の増強に乗り出している-と、香港紙「サウスチャイナ・モーニング・ポスト」(SCMP)が中国の軍事雑誌の内容を引用して報じている。

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