▲金源鎮(キム・ウォンジン)の父キム・ギヒョンさんが息子の勝利を願って横に倒した日本の柔道の人形。ギヒョンさんは既に亡くなったが、その願いを込めた人形は今も横になったままだ。写真(鉄原)=ヤン・ジヘ記者

 リオデジャネイロ五輪を控えた5年前の夏、柔道男子60キロ級韓国代表の金源鎮(キム・ウォンジン、当時24歳)は世界ランキング1位だった。江原道鉄原郡の山のふもとにある自宅を本紙記者が訪問した時、家の中には数百個のメダルと盾が輝いていたが、その中で小さなキーホルダーの人形が目に入った。日の丸が描かれた柔道着を着た人形で、横に倒れていた。記者がその人形を立たせようとすると、父親のキム・ギヒョンさん(当時49歳)に止められた。「私がわざと倒したんですよ。源鎮がリオで(日本の選手を)このように倒してほしいと願う意味で」と教えてくれた。

 金源鎮は当時、「天敵」髙藤直寿=日本=に4戦全敗していた。リオ五輪で髙藤にさえ勝てれば金メダルにも手が届くと見られていたが、ベスト16戦でロシアの選手に一本負けを喫し、敗者復活戦でも髙藤に負け、メダルへの夢が消えた。金源鎮は1年余り迷った末、柔道着の帯を再び締めた。「一生をかけて私の柔道を支えてくれた父に必ず五輪のメダルをかけてあげたいです」。吐き気がするほどつらい練習に耐えられた原動力は父ギヒョンさんだった。

 しかし、その父はもうこの世にいない。今年初め、金源鎮が柔道ワールドマスターズ2021カタール・ドーハ大会に出場し、生まれて初めてメジャー大会で金メダルを取った時、ギヒョンさんは自宅の裏山を妻と歩いていて心臓発作で倒れた。「突然の別れがよほど悔しかったのでしょう。夫は最期も目を開けていました。息子が小学校2年生の時に柔道を初めてからずっと、全国各地で行われる試合を追いかけて全部映像を撮影して分析し、良い食べ物があったらどこへでも飛んでいって持ち帰り、食べさせるなど、すべてを源鎮に注いだ人だったので…」と母のシム・ウンジュさん(50)は語った。

 金源鎮は東京五輪柔道男子60キログラム級の韓国代表だ。先日、鉄原にある金源鎮の家に再び行ってみた。記者を歓迎してくださった父ギヒョンさんはもういないが、リビングの片隅にあったあの柔道の人形は、ギヒョンさんがした通り、今も横に倒れていた。髙藤には東京五輪の準決勝で会う確率が高い。対戦成績5戦5敗。今まで金源鎮が一度も越えられなかった山だが、今回は越えられるという自信にあふれている。1人で試合の臨むのではなく、天国の父が一緒にいてくれると確信しているからだ。母ウンジュさんは「源鎮だけでなく、アン・バウル(66キログラム級)、安昌林(アン・チャンリム、73キログラム級)、郭同韓(クァク・ドンハン、90キログラム級)、チョ・グハム(100キログラム級)ら、リオの時の代表メンバーたちが東京で5年前の恨(ハン=無念の思い)を晴らしてくると信じています。いつも韓国代表のみんなを息子のように思っていた夫が東京の空で力を貸してくれるでしょうから」と語った。

 金源鎮は携帯電話を見るたび、父の不在を実感するという。「以前は練習をしていてつらくなるたび、父と電話で話して気持ちをなだめましたが、今はもうそういうことはできませんから。父は鉄原の山にある墓に眠っていますが、先月墓参りをした時、父に『東京五輪のメダルを必ずささげる』と誓いました」。リオの時の痛みは一生懸命練習することで打ち消した。「私の感触では、体力・技術・経験ともすべて5年前に比べて今の方がはるかに良いです。何よりも無観客試合になり、日本の選手たちにとって自国開催によるアドバンテージがなくなったので、試合に集中できるようになりました」

 母ウンジュさんは、子どものころから虫1匹殺せないほど気弱な息子がどうして格闘技の選手をしているのか、今でも不思議だという。「私は胸がドキドキして、今までこの目で源鎮の試合を見たことがありません。試合前の計量を通過する時はツバまで全部吐き出し、全身げっそりするほど体を絞ります。とても見ていられなくて、『お願いだから柔道をやめて』と言うと、源鎮は『お母さん、楽しんで。楽しめばいいんです』と笑います。柔道を心から愛しているからこれまで20年間、あのつらい練習に耐えられたのでしょう。私の願いはほかでもない、ただ源鎮が努力した分だけ、東京で思い残すことなく投げることができたら、ということです」

 ギヒョンさんとウンジュさんの携帯電話に「スーパースター(ハートマーク)」と登録されている金源鎮は柔道種目初日の24日に日本武道館の畳に立つ。金源鎮の気合いでチームの序盤のムードは盛り上がっている。リオの時、母ウンジュさんは寺で祈っていて息子の試合を見られなかったが、今回は結婚した次女の家で一緒に応援することにした。 「息子よ、絶対に忘れないで。どこにいてもお父さんはあなたと一緒にいるから」

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