▲英オックスフォード大学名誉教授ウェード・アリソン氏。/写真=ニュース1

 少し前に韓国を訪れたオックスフォード大学名誉教授のウェード・アリソン氏は「処理を経た汚染水であれば1リットル、いや10リットルでも飲める」と語った。生涯にわたり放射線を研究してきた80代の老学者だ。福島の放流水は健康にとって脅威ではないという、心のこもった忠告だったのだろう。彼の著書『Nuclear is for Life: A Cultural Revolution』(2015)は、放射能への恐怖が過剰だったことを立証する研究の紹介でぎっしり埋まっている。

 その中の一つは、放射線治療に成功したがん患者5000人の疫学調査だ。実に29年にわたり追跡調査を行った。放射線治療の際、がん患者らは1カ月または1カ月半かけて、一日1000ミリシーベルトの放射線治療を20回から30回受ける。がんの部位を精密に狙うとはいえ、周囲の正常な細胞も1万-2万ミリシーベルトの放射線打撃を受けることになる。それでも、がん周辺の正常な細胞でがんの2次発生が起きたのは7.4%にとどまったのだ。一般人の線量限界値(年間1ミリシーベルト)の1万倍、CT被ばく量の1000倍以上の放射線にさらされても、結果はこうだった。イヌを対象とした臨床実験では、毎日3ミリシーベルトずつ、5年間で6000ミリシーベルトを当てても大部分は無事だったという。

 放射線は目にも見えず、感じることもできない。全く知らぬ間に体を通過し、10年、20年経過して初めてがんを引き起こすこともあり得るという存在なので、感覚防御が不可能だ。その点が、放射線を過度の恐怖の対象にしたのだ。アリソン名誉教授は、放射線を直接扱う放射線医学の専門家らが乗り出して説明してやるべきだと語った。原子力の専門家らは、利害関係にまみれているとの疑惑をしばしば受ける。放射線医学の専門家は、原子力産業界とは関連がない人々だ。中立的な専門家が説得して初めて、市民を安心させることができる。

 韓国の原子力研究院が、福島汚染処理水を放流した場合に平均的な韓国人の受けることになる放射線量について、高く見積もっても0.0000000035ミリシーベルトだという計算を行った。胸部X線の1000万分の1の被ばく量だ。2021年にこうした評価を学会で公開した博士は、政府の立場に反するという理由で懲戒された。G8(先進8カ国)の一員として先進国メンバーに加わることを希望する国で、こんなことが起きたのだ。線量研究の結果が報じられても、野党指導部は「核放射能物質が海に混じっていたら、誰がホヤを食べるだろうか。のりが汚染されていたら、キムパプ(のり巻き)は何で作るのか」と恐怖マーケティングに熱中している。米国牛の狂牛病やTHAAD(高高度防衛ミサイル)電磁波がそうだったように、福島汚染水の恐怖もむなしいフェイクニュースだということが、結局は明らかになるだろう。相手陣営を悪魔化するための、非常識な政治ゲームに過ぎない。

 英国の環境ジャーナリスト、ジョージ・モンビオットは2011年3月、福島第一原子力発電所の爆発事故から10日もたたない時期に「福島の事故が私を原子力支持者にした理由」という記事を書いた。あの事故で致命的な放射線にさらされた人は誰もいないということを知り、それからは原子力支持に転じたという。モンビオットは、おそらく世界で最も影響力のある環境専門家だ。主張と説明の一つ一つに根拠となる科学論文を付ける、厳格な実証主義者だ。彼は自動車事故に巻き込まれて死んだ動物からのみ動物性たんぱく質を摂取し、数年に1度だけ飛行機に乗る。肉食と飛行機旅行は気候崩壊を促進するという確信があるからだ。そんな徹底した環境実践家が原発の爆発直後、世界が恐怖に陥っていたそのとき、本質を突く分析を打ち出した。

 彼の直感は、原子放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR)の28カ国の専門家80人が、およそ2年にわたる調査の末、2013年に出した事故報告書で科学的に立証された。放射線被ばくによる死亡者は1人もおらず、福島の放射能汚染地域で一生暮らしてもCT1枚撮るレベルを少し超える程度の放射線に追加被ばくするだけ、というものだった。

 韓国も、まずい汚染物質を海へ持っていって捨てていた時代があった。1988年から群山、浦項、釜山の沖合に大量の汚物を投棄してきた。畜産のふん尿、下水のスラッジ(汚泥)、食品加工の残りかすなど、高濃度の有機物だ。陸地では処理施設が足りず、海に捨てるのであれば費用があまりかからない。2015年まで27年間、年平均600万トンを公海に捨ててきた。広い大海の拡散力、自然浄化力を信じた。

 汚染処理水を海へ流したいという日本の肩を持とうというのではない。腹は立つし、日本は恥じるべきだ。しかし日本も、やむを得ずそうしようとしている。隣国や世界に大きな借りを作る行為だ。ただ、それによる汚染は韓国人が心配するほど生態や健康に負担をかけるものではない、という科学研究がある。相手が、他に方法がなくてろくでもない手を打つとき、それを取り上げて悪口を言うこともできるし、相手の事情を勘案して助ける気持ちで理解してやることもできる。国際原子力機関(IAEA)の「安全」判定が出たら、長い目で見てどちらが韓国にとって得になるか考えて、判断する必要がある。

韓三熙(ハン・サムヒ)先任論説委員

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